コワレタセカイ ノ モノガタリ ~ヒゲキノセカイ 調査編~


「ネレイス、大丈夫だったかい?」

「あはは……なんとかね……でも酷い目に遭ったよ……」

「すまないね、しばらく神界を留守にしてて」

 ネレイスがコワレタセカイに踏み入れてから数日が経った。しばらくは安静を指示されていたネレイスもようやく動けるようになってきた頃合いになってランディがネレイスの元にお見舞いに訪れていた。ラヴィスの話によればランディはしばらく神界を留守にしていたようである。

「……独自に調査をしてたんでしょ?どこ行ってたの?」

「冥界だよ」

「冥界かぁ……」

 これまでの調査でコワレタセカイは4つあり、それぞれ天・精霊・冥・魔の四界にまつわるものであることが分かっている。これまで将軍とラヴィスが訪れたコワレタセカイは天界と精霊界にまつわるところであったために残るは冥界と魔界である。ランディは今回の場所が冥界にまつわる場所であろうと山をはっていたらしく、冥界に泊まり込みで様々な調査を行っていたのである。

「……で、何か分かった?」

「……残念ながら……」

「そっかぁ……」

 そのランディが収穫なしで戻って来たというのがネレイスにとっては残念であった。これまでにもランディが情報収集を行った際には決まってなにかしらの有力情報を掴んで来ていただけに、今回はここまで得られた情報はほぼなしということになった。

「……第一まだ冥界とは決まったわけじゃないからね」

「うん……引き続き精霊達には調査をお願いしてるし魔界の方にも何か分かったら教えてくれるように連絡は入れたから……」

「……また情報待ち……か」

 収穫がなく完全に調査は行き詰ってしまった。仕方なく再び情報待ちとしようとしたところで部屋の扉がノックされる音が聞こえて来た。

「んー?誰?」

「……冥界王リッチだ」

「リッチさん?いいよ、入って」

 訪れたのは冥界王リッチであった。闇色のローブにフードを目深にかぶったいつもの風貌であったが、その手にはファイルのようなものを持っていた。

「リッチ……それは……」

「ネレイスの体から採取された胞子の分析……完了した」

「胞子……?」

 胞子と言う言葉にランディは首をかしげた。ネレイスが調査に向かう前に冥界に向かい、リッチも胞子の分析を行っていることについては一切触れていなかったのである。

「……どうだった?」

「……恐らく“星の病”で間違いないだろう」

「星の病……?」

「冥界の古文書にその話があった。神界の古文書にもその記録が残っていた。調査結果の精査と古文書の解読に時間はかかったが……これで確証を持って言える」

 そのリッチがネレイスがコワレタセカイから持ち帰った胞子が“星の病”と呼ばれる病気のものであるという情報がもたらされた。その後リッチから“星の病”についてのより具体的な内容が話されていった。
 星の病とはその名の通り星――1つの世界そのものにかかる病気らしく、その症状は様々なようであるが、そのほとんどは菌やウィルスに侵されたような状態になるとされている。そして基本的に発症してしまった場合治療する事は不可能だと言われている不治の病なのだそうだ。古文書にも該当する話はちらほら見られたが、そのすべてがやがて世界の滅亡に至っていたのである。当然それらの世界は滅亡後再構成されて残ってはいない。
 
「……不治の病……かぁ」

「それはそうだろうね……星にかかる病……これまでの2つの世界から考えるにそれがその世界の精霊にかかったのだろうからどんなにそれが薬とかで治せる病気であっても治しに行けない」

 コワレタセカイはいずれもその世界の名を冠した精霊に起きた異変により変質してしまっている。この“星の病”もそれと同じなのだろう。

「……リッチさん、ところでこの病気って普通なら治せるの……?」

「……治療薬は今精製中だ。未知の病の治療薬調合にうちの研究者は張り切ってるからな……そんなに時間はかからないだろう」

「あはは……流石冥界の研究者だね……」

「治療薬だけではない。ワクチンの精製も行っている……その世界に蔓延している菌やら胞子やらから身を守れないと探索もままならないだろう……」

「あ、そうだよね……」

 リッチはその世界に蔓延する病気へのワクチンも準備をしようとしていた。ワクチンがなければ先のネレイスのようにあっという間に侵され探索どころではなくなってしまう。

「……再探索はそれらが完成するまで待った方がいいだろう。それまで“カギとなる存在”でも探しに行ったらどうだ?」

「……そうだね……」

 これまでは一度世界を探索してからカギとなる存在を探しだし、再度突入するという流れであったが今回は世界の探索無しにカギとなる存在と共に突入してからゆっくり探索するという流れになりそうだ。

「……でも神界に住む冥界の関係者なんてあたしよく知らないけど……」

「そこは地道に調べるしかないだろうね……冥界の方からも調べてみたいけど……」

「そこは私もあたってみよう」

「リッチ、お前は薬の調合が……」

「生憎私の管轄外だ。ここにこられているのも私が研究に携わってないからというのもある」

「……そうかい……じゃあ冥界の方はリッチに任せるよ」

 こうして今後の方針は決まった。後は各々行動を開始するだけである。





「……すみません……プリローダのこと以外は……」

「んー……そっかぁ……」

 ネレイスはまずノエルの元を訪れていた。先のプリローダの件からノエルが冥界のカギとなる存在について心当たりが無いか確認をしておきたかったのである。しかしやはりノエルはプリローダのこと以外については何も知らないようであった。

「じゃあ神界に住む冥界人に何か心当たりない……?」

「……それも……“何かしら特異な”ですよね……?」

「うん……」

 これまでカギとなった人物はレミエルとプリローダであったが、レミエルは“翼を失った天使”であり、プリローダは“視覚を失った精霊”であった。となれば今回も“何かを失った”冥界人ということになるだろう。

「……冥界人はその姿が特異的なものが多いです……なかなか判別するのは……」

「うーん……」

 冥界人は闇、霊、屍の3系統あることはリッチから話を聞いており、体の欠損度合いによって闇と霊、屍の体に分けられるようである。冥界人となる際に体に欠損がない場合にのみ闇の体を選ぶことができることから、特異な存在を考える上で一番可能性が高いとすれば“体に何かしら欠損のある闇の体を持つ冥界人”ということになるだろう。

「……やっぱり冥界に行かないと情報がないのかなぁ……」

「……私もできる範囲で協力します。冥界人についての情報を集めておきますので……」

「ありがと、ノエル様」

 プリローダの件でネレイスから厳しい追及があったためにノエルは協力的であった。ノエルはすぐに神界にいる冥界人のデータを揃え始めていった。手際良く仕事を始めたノエルの様子を見てネレイスはそっとノエルの部屋を後にした。

「……どうだった?」

「……ノエル様はやっぱり知らないって。そこは信用していいと思う」

「……ネレイスがそう言うなら……そうしておこうか。とりあえず……」

 ネレイスが部屋から出ると部屋の前ではランディが待っていた。ランディも一度ノエルから話を聞こうとしていた様子であり、ネレイスの姿を見ると色々と聞き始めた。

「……ふむ」

「ランディさんはどう思う?」

「……特異な冥界人……だね。確かに“体に何かしら欠損のある闇の体を持つ冥界人”という推測をするのが自然だろう」

「……ただ……その様子だとランディさんの読みは違うってことだね」

「……レミエルの時もプリローダの時もただ単に体の一部を欠損していただけではない」

「……もとの世界にいられなくなった……?」

「……そういうこと」

 レミエルは十翼となったことで天界での地位を失った。プリローダは負の気の呪いによりその顔は崩れ落ち居場所を無くした。ランディはカギとなる存在が“元の世界での居場所を失っている”ことにも着目していたのである。

「……冥界はどんな存在でも受け入れてもらえる。“居場所をなくす”なんてことは普通起きないはずなんだけど……」

「……それほど嫌われる存在だったか……あるいは……」

「その身にある“何か”のせいで近寄ることができなくなったか……だね」

 そう口にしたランディも、そしてネレイスも、なんとなくその原因に心当たりがあったようである。

「……でもあれって……」

「……“感染しない”はずなんだけどね」

「……じゃあ誤解……」

「……風評被害というのは恐ろしいものだからね……あれだけ見た目が不気味だと……」

「……冥界人であっても避けるようになっちゃう……か」

 ネレイスがコワレタセカイより持ち帰った不気味な胞子。それに侵された冥界人がいればそれがカギとなる存在である可能性が高い。

「……そして神界でも人目を避けて生活していると考えれば……」

「……どこか広いところ……?」

「……神界で人がいない広い所となれば限られてくるよね……」

「……“あそこ”だね?」

「そうだね」

 その流れで行けばその存在がどこにいるであろうかもすぐに想像がついた。

「……どうする?」

「……あたしはちょっとリッチさんにも確認を取ってみるよ」

「じゃあ僕は“あそこ”にでも行って気になる存在がいないか見てくることにするよ」

「お願いね」

 確かな情報こそまだない、推測段階ではあるものの2人はなんとなくあの世界の謎を解くための糸口を掴んだような気がした。そしてそれぞれが確かな情報を得るためにその場を後にしていった。



~ヒゲキノセカイ 探索編に続く~


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コワレタセカイ ノ モノガタリ ~ヒゲキノセカイ プロローグ~


「じゃあ行ってくるよ」

「ああ、気を付けて行って来い」

 神界の転送装置前で出撃前のネレイスをラヴィスが見送っていた。

「……いよいよあたしの出番かぁ」

「まぁ残り2箇所のうちどちらかは当然お前が出ることになるだろう」

「だよねー」

 今回の目的は戦闘では無く、探索である。それも特別危険な個所だとされているところである。“コワレタセカイ”と呼称されるそこはこれまで2箇所、それぞれ将軍とラヴィスによって探索が行われた場所であり、そのいずれもが世界の原型をとどめていないほどまでに崩壊が進んでおり、そこで何が起こるか一切分からなかった。今回ネレイスが訪れる事となったコワレタセカイはネレイスが調査の為派遣した精霊達から情報がもたらされたのであった。あらゆる世界にいるとされている精霊たちを介した精霊界の情報網は驚異的なものであるのだが、その情報網をもってしてもこの世界の特定には相当の時間を要したのだからこのコワレタセカイがいかに長い時の中で埋もれ忘れ去られていた場所なのかがうかがい知ることができた。

「ところでランディさんは?」

「ん?そういや見てないが……どうやら神界からも外しているらしい」

「独自に調査を進めてるのかなぁ」

「……まぁ世界の謎を解き明かすようなことをしてるわけだからな、あいつとしても楽しくて仕方ないんだろ。全く……あいつが行けって言ったのに出撃時に顔を出さないとか薄情なやつだ」

「まぁまぁ……」



「ランディさん、コワレタセカイの座標が1つ特定できたよ!」

「そうか……」

 出撃の前日、ネレイスはランディのところへ報告に行っていた。その時ランディは古ぼけた古文書の山を片端から見ている最中であった。

「……ネレイス、出撃をお願いできるかい?」

「え?うん、別にかまわないけど……」

「助かるよ。僕はちょっと調べ物ができちゃってしばらくはそっちにかかりきりになりそうだから」

 ランディは書物の山から目を離さずに言った。そこまでして調べてることにネレイスも興味があったが書物にかかれている内容は古代言語のようなものでありすぐに把握するのは困難であった。

「……とりあえずこれだけは言っておくよ……十分に気をつけて」

「え?あ……うん……」

 そう言って再び古文書の解読に戻ったランディにネレイスはこれ以上声をかけることはできなかった。



「座標軸C685-11……っと」

 ラヴィスが見守る中ネレイスは転送装置に座標軸を入力した。入力された座標軸はいつもより長めの読み込み時間がかかったが無事に認証されたようである。

「……ふぅ……転送!」

 そして軽く一息ついてからネレイスは転送装置を起動させた。やはり通常の転送とは違いやや時間はかかったようであったがそれでも目的の座標へと送り届けて行った。





「……クルシイ……タスケテ……」





「ふぅ、到着……っと」

 ネレイスが降り立ったのはどこかの市街地のようであった。石畳が敷かれ多くの民家のようなものが見える。

「……あれ……?」

 それだけ見れば他の世界とはなんら変わらないはずである。だがしかしこの世界は明らかにおかしかった。

「……何……?この靄みたいな……」

 辺り一面に緑や紫の靄のようなものが立ち込めていて視界は非常に悪かった。あちこちに苔とも黴ともとれるような物体で覆われているということは……

「……!!げほっ!ごほっ!」

 その瞬間にネレイスは苦しみだした。今この空間を漂っているこの靄は恐らく胞子や菌糸の類なのであろう。精霊の加護を有しているネレイスであったが空気中の異物を抑えて呼吸することは生身の状態ではできなかったため吸入してしまった粒子が呼吸を妨げてしまっているのであろう。さらにネレイスの体にも苔のようなものが生え始めてしまっていた。

「……ラヴィ……ス……」

 そのままネレイスはその場に倒れ伏した。胞子を巻き上げ倒れ込んだネレイスはそのまま動かなくなってしまった。










「しっかり!しっかりしてください!ネレイスさん!!」

「……ん……」

 ネレイスが目を覚ましたのは神界宮殿内にある普段ネレイスが体の状態をチェックしたり万一の際に転生が行われる部屋であった。その普段転生台と呼ばれる場所の上で泣きそうな顔のノエルが心配そうに叫んでいるのがまず目に入った。

「ノエル……様……?」

「!!ネレイスさん!よかったぁ……」

「……あたし……やっぱりあのまま……」

 おぼろげに見た先の世界の光景と自分の身に起きた異変。そして今置かれている状況から察するに自分はあの世界で死んだ、訪れて10秒もしない間に胞子に侵され死んだものだと思っていた。

「……ラヴィスさんが血相変えて担ぎ込んで来たので何事かと……」

「……え……あたし死んだんじゃ……」

「……起きたか……全く……」

 状況がまだいまいち呑み込めていないところに担ぎ込んできたというラヴィスがやってきた。ぱっと見では平静さを保っているように見えたが、ネレイスにはラヴィスが相当慌てており心配してくれていることが分かっていた。

「……何があったの……?」

「……それはこっちのセリフだ。お前が転送されてったのを見送って立ち去ろうとしたら突然胞子まみれのお前が送り還されてきたんだよ……」

「……そうだったんだ……ってその胞子吸いこんだら危ない……!」

「……メリアス様からのメディカルチェックは受けた。問題ない……それにお前の体についていたのはまだ胞子を出さないやつだ。だから宮殿内にその胞子が飛散していることもない」

「そっか……よかったぁ……」

 もし仮にネレイスが胞子をばらまきながら神界へと戻されていたら今頃宮殿内は大混乱に陥っていたであろう。そうはならなかったことにとりあえずほっと胸をなでおろした。

「とりあえずネレイスさんの体についていた胞子はサンプルとして採取しました……しばらくはこれを分析して今回行った世界の手掛かりを探ろうと思います……」

「ひとまずお前は今は療養してろ……」

「うん……ごめんね……そしてありがと」

 こうしてひとまずこの世界の件は一旦情報収集待ちとなった。足を踏み入れただけで死に至るような世界はこれまでに例がなかった。それほどまでに今回のコワレタセカイが危険な場所であることをネレイスは身を持って体感したのであった。


~ヒゲキノセカイ 調査編に続く~


コワレタセカイ ノ モノガタリ ~まとめ編~

コワレタセカイのまとめページです。ページが更新されていくと各ページへのリンクが増えていきます。




コワレタセカイの誕生

・フコウノセカイ ノ モノガタリ

・ナゲキノセカイ ノ モノガタリ

・ヒゲキノセカイ ノ モノガタリ

・ホロビノセカイ ノ モノガタリ



コワレタセカイとの出会い ~フコウノセカイ 解放編~

・フコウノセカイ プロローグ

・フコウノセカイ 探索編

・コワレタセカイ 調査編

・フコウノセカイ 真相編

・フコウノセカイ エピローグ



コワレタセカイの解放 ナゲキノセカイ編

・ナゲキノセカイ プロローグ

・ナゲキノセカイ 探索編

・ナゲキノセカイ 真相編

・ナゲキノセカイ エピローグ

コワレタセカイの解放 ヒゲキノセカイ編

・ヒゲキノセカイ プロローグ

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コワレタセカイの解放 ホロビノセカイ編

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コワレタセカイの終結

・コワレタセカイ エピローグ

ナゲキノセカイ ノ モノガタリ


――これは神界の記録からも消し去られようとしていたある世界のお話である










 かつてこの世界には自然の恵みが溢れていた。青い空に草木が生い茂り、綺麗な水面の湖の周りには多くの精霊たちが顔を出し楽しそうに遊んでいた。しかし精霊たち以外にこの世界に動物のような姿は見られない。人間はおろか鳥や魚、虫すらもこの世界には存在しない……純粋に精霊のみが暮らしている世界であった。

「…………」

 その日もいつもと変わらない平和な一日であった。……あの時までは

「…………!!」

 一番最初にその異変に気付いたのはこの世界の空を舞っていた風の精霊たちであった。突如空に小さな歪のようなものができると一瞬だけ開いたそこから精霊たちが見たこともないような生物が現れたのだった。その生物は空の上に投げ出されたような状態になるとそのまま真下の湖に向かって落下を始めたのであった。

「……!!(わたわた)」

 突然の出来事に精霊たちは慌てふためくだけであった。結果その生物は大きな水柱を上げて湖へと落下していった。

「……何をしているんですか?早く引き上げなさい」

 その様子を見ていた1匹の精霊がそう声を出した。その姿は実体ではない虚像のようなものに見え、その姿を包むように淡く光る青白い光は非常に幻想的で普通の精霊ではなさそうだということが窺えた。そしてこの精霊の指示の下すぐさま水の精霊たちが動き出し、その生物を引き上げて精霊の前へと運んで行った。

「…………」

 その生物は蒼い髪をした人間であった。これまでに見たこともない人間がやってきたことに精霊たちの反応はさまざまであった。未知の生物を目にして恐怖のあまり逃げ回るもの、物陰からそーっと様子を窺うもの、そしてその人間の周りにまでやってきて興味深げに覗き込んでいるもの……そしてそんな精霊たちに指示を出した特殊な精霊が最初に声をかけた。

「何者ですか?どうやってここに来たのですか?」

 しかしその声には答えなかった。今この人間に意識はないようであり、さらには身につけていたものもボロボロで、体には殴られたり蹴られたりしたようなあざの痕がたくさん残っていた。この人間は瀕死の状態であることが特殊な精霊にはすぐに分かったようである。

「……行ける子は先の空間の歪を調べなさい。後の子はこの子の手当てをしてあげるように」

 そう指示を出すと自身もすぐさまその人間の手当てを始めたのであった。





 ・
 ・
 ・



「…………」

 別に私が何かしたわけではないのにいつも私はみんなからいじめられる。昨日も、今日も、そしてきっと明日も……

「おいおい……その辺にしとけよ……」

「しゃーねぇな……」

 今日の暴力は一段と激しかった。始めはいつものように暴力を振るう男のところへ呼び出されただただ意味もなく殴られただけだったけど、今日はその後“バーベキューをする”と言って男の仲間を呼び出し河原へと引き回されてそのまま転がされると時折炭を押しつけられながらバーベキューをしているところをずーっと眺めていることしかさせてくれなかった。せめてもの救いはいじめる男が見てないところで男の仲間がこっそりとお肉を食べさせてくれたことだった。とてもおいしかった。そして日もすっかり落ちて辺りも暗くなったあたりで今日のいじめはようやく終わった。

「……っと、炭で汚れちまってるし火傷もしちゃってるからちょっと冷やしてやらねぇといけねぇか」

 最後に男はそう言うと私を持ち上げると川の中へと放り込んだ。派手に水しぶきをあげて私の体は川の底に沈んでいった。

「……おいおい、大丈夫なのか?」

「平気だろ、自分で這い上がってくることくらい……」

 男はそう言ったけど私の体は重くて全く体を動かすことができなかった。冷たく暗い水の底にそのまま引き込まれていった私はそのまま死を覚悟した。このまま死ねればもういじめられるようなこともなくなるだろう……そう思いながら私の意識は薄れていった。



 ・
 ・
 ・





「……ん……」

「……目を覚ましたか」

「ここは……」

 人間はしばらくしてから目を覚ました。その人間が真っ先に目にしたのは今までに見たこともないような不思議な姿をした存在であった。

「……その前にお前は何者だ……?」

「え……あ……私……は……」

 気圧されている様子の人間はまだ混乱したままでなかなか気持ちの整理ができていないようだったが、しばらくしてようやく落ち着いてきたのかゆっくりと喋り出した。

「……私は……プリローダ」

「……プリローダ?」

「……さっきまでいじめられて川に投げ捨てられていたのですが……気がついたらここに……」

「……そうか……」

 精霊は少し考え込んでいるような表情になった。そこに他の精霊たちがやってきた。

「ガンナ様……歪みの痕跡については何も……」

「そうですか……」

 プリローダが現れた歪みを調べていた精霊たちであったがどう調べても何も分からなかったようである。

「……申し遅れました、私はタビア=ガンナ……精霊だ」

「精霊……様?」

「……見たところ精霊を見たこともないようだが……」

「……精霊なんて空想上の生き物だと思っていました……」

「……無理もない……人間の前に姿を現すことなど稀なのだからな……」

「そうなのですね……」

「……とはいえここの精霊たちもみな人間を見たことがない……ここは人間がいない場所なのだからな」

「…………」

 気持ちの整理は付けたとはいえあまりにも突拍子もない出来事の連続にプリローダは混乱したままであった。

「……でも……その……」

「何だ……?」

「偶然なのかもしれませんが……私を助けて頂いたこと……感謝します」

「…………」

 それでもプリローダは丁寧に頭を下げた。なにはともあれプリローダはいじめられる日々から解放されることになったことへの感謝をしておかなければという気持ちが強かったのだろう。

「……それで誠に勝手なのですが……しばらく私をここに置いてもらえないでしょうか?」

「……それしか方法はないのだろう?帰る方法など分からないのだからな……」

「そうですね……ではしばらくお世話になります……」

 ガンナからの許可ももらえ、しばらくはこの世界に滞在することとなったプリローダの精霊たちとの生活がここから始まった。





「これを私に……?ありがとうございます」

 プリローダは精霊たちから小さな髪飾りをもらっていた。その辺の草原に生えているなんともないただの花と草の茎で作られた簡単なものであったが、プリローダはそれを嬉しそうに受け取ると早速つけてみせた。それを見た精霊たちが似合ってるとでも言いたげな歓声のようなものをあげていた。

「大事にしますね」

 プリローダがこの世界で暮らし始めてから1週間ほど経っていたが、もう既に精霊たちと完全に打ち解けている様子であった。人間を見たことのない警戒心の強い精霊が多くいた中でここまで早く打ち解けることができたのはプリローダの頑張りともともと精霊たちに好かれやすい何かをもっていたからなのであろう。

「みなさんこんなに歓迎して下さるなんて……私も嬉しいです」

 これまでいじめられ続ける日々を送っていたせいでここまで優しく接してくれる精霊たちにプリローダもすっかり気を許していた。

「……お前もすっかり精霊たちの輪に混ざれたようだな……」

 その様子を微笑ましそうに見ていたガンナがゆっくりと近付いてきた。それを見て精霊たちは慌ててガンナの方へ向き直った。

「ガンナ様……はい、おかげさまで……」

「……別にお前は様で呼ばなくても構わない……」

「ですが……ガンナ様は恩人……」

「気にしなくてもいい……それよりも人間はよからぬ生物だという噂を耳にしたことがあった……だがお前を見る限りそんなことはなかったようだな……」

「…………」

 ガンナのその言葉にプリローダは表情を曇らせた。

「……どうした?」

「……よからぬ生物……そうですよね……」

「……お前は違うと言っただろう?」

「……そうかもしれませんが……私たち人間が精霊に何かをしたのですか?」

 プリローダの言葉に今度はガンナが表情を曇らせた。

「……私はこの世界から離れることはできないが……それでもたびたび噂のようなものを聞いたことがある」

「噂…………」

「……人間が精霊たちの棲む環境を破壊し……命を奪うようなこともある存在だと……」

「…………!!」

「……私利私欲のために動き自然を壊し、精霊もないがしろにしているというのにその精霊や自然の怒りとも取れる災害に対してはなんとかして精霊の機嫌を取ろうとする……」

「…………」

「……失礼した……」

「いえ……それは私もよく分かりますから……」

 プリローダ自身もいじめられる立場であったことから今のガンナの言葉は精霊たちが自分と同じような苦しみを味わっていることを示していたためにまるで自分のことのように感じていた。

「……プリローダ?」

「人間は人間をも虐げる生き物ですから……」

「……プリローダ……お前……」

「……皆さんになら……」

 そう言うとプリローダは身につけていた服をゆっくりと脱ぎ始めた。あの日ここへ飛ばされてきたそのままの格好であり、やけにその格好がボロボロだったことにガンナも気付いていたがその時は全く気に留めていなかった。

「……そういうことか……」

 プリローダの服の下には無数の痣や傷跡がのこっていた。元の世界で毎日のように男にいじめられて付けられたものである。

「……精霊のみなさんも……こんな目に遭っているのですね」

「……そのようだな……」

「……私はみなさんにこのようになってほしくはありませんから……」

「……これからも仲良くしてやってくれ……精霊しかいない何もないところだが……いつまでもここにいてくれて構わないぞ」

「……ありがとうございます……」

 ガンナの言葉にプリローダは静かに涙を流した。ここがプリローダにとっての安住の地となる……そのはずだった。











「あ、待って下さいよ!」

 プリローダがこの世界にやってきて3か月近く経ったある日のことだった。この日もプリローダは精霊たちといつものように仲良く遊んでいた。しかしいつもはその様子を眺めているガンナの姿はここにはなかった。ガンナは先ほど険しい表情をしたままどこかに姿を消していた。たびたびそのような姿を見せていたことからプリローダもあまり深くは考えていなかったが、回りの精霊たちの接し方やその行動からただの精霊ではないであろうことは想像がついていた。

「……あれは……?」

 ふと空を見上げたプリローダはそこに僅かな綻びが見えたような気がした。

「……何でしょうか……この……」

 その光景はプリローダをどことなく不安にさせた。何か良くないことの前兆な気がしてならなかった。

「…………あ、待って下さい!」

 しかし精霊たちはそのようなことなどお構いなしのようにプリローダを引っ張っていた。その勢いに負け一瞬目を離してしまった。その視界の端で何かが落下していった。

「……?」

 それが何なのかにいち早く気付いていれば……もしくはこの場にガンナがいてくれてれば……この世界、そしてプリローダの運命も大きく変わっていただろう。
 精霊たちに引かれるような形でその落下物の近くにまで連れてこられたプリローダは近くに寄って初めてそれが何なのかに気付いたのだった。

「あぁ……そんな……!!」

 プリローダは恐怖の表情を浮かべ腰を抜かしたかのようにその場にへたりこんでしまった。しばらく会うこともなく、記憶から消えかかっていただけにその"人"を見た瞬間に込み上げてくる恐怖の感情は計り知れないものだった。

「……ってぇ……どこだよここ……」

「……ぁぁぁ……」

 動けないプリローダをよそに新しい遊び相手が来てくれたと思い込んでいる様子の精霊たちは無邪気にもその人間の下へと近付いていった。

「……んだよこのちっこいの……ん……?」

 精霊たちに囲まれたその人間は辺りを軽く見回し、そしてついに気づいてしまった。

「……お前……へへへ……やっと見つけたぜ……」

「……ぁぁぁぁ……!」

 その人間はずかずかとプリローダの下へと歩み寄ってきた。プリローダはもちろん逃げようとしていたがその体はもう恐怖で動かず這いずってでも動くことはできなかった。そして……

「捕まえたぜ」

「……ぅぅ……」

「ふんっ!!」

「がぁっ……!!」

 その人間……かつてプリローダを散々にいじめ続けていた男は怨みの籠った蹴撃をプリローダの腹部にぶちこんだのであった。

「…………!!」

 それを見た精霊たちは一目散に逃げ去っていった。

「こんなとこに逃げ込みやがって……」

「…………」

 最初の一撃で既にプリローダの意識は飛んでいた。しかしそれでもお構いなしに男はプリローダを蹴りつけていた。

「……お前が消えてオレがどんな目に遭ったか分からんだろ?……全部お前のせいだからな……」

 男はこれまでにないほどの強い力でプリローダを痛め付けていた。時折鈍い嫌な音が響き、やがてプリローダの体は真っ赤に染まっていった。もういじめの限度はとうに過ぎてしまっていた。

「このっ!……このっ!!……こんのぉぉっ!!」

 それでも男はプリローダを蹴飛ばし続けていた。やがて蹴飛ばすだけでは気が収まらなくなったのか、殴ったり投げ飛ばしたりもうやりたい放題散々にプリローダを痛め付けた。その結果プリローダの体はもはや原形を留めていないほど無惨な変わり果てた姿となってしまっていた。

「……これは……一体……」

 そこにガンナが姿を現した。その目はまだ目の前で起きていた惨劇をまだ受け止めきれていないようであった。

「なんだテメェ……テメェがこいつを匿ったのか?」

「…………」

 男がプリローダを蹴ってこいつと示した瞬間からガンナの姿は変化していった。

「あ……?何か言えよ」

「…………アアアアアア!!」

 そしてガンナの心で何かが砕け散るような音が聞こえたと同時にガンナの体は真っ黒の負の気に包まれた。

「アアアッ……!!」

 ガンナが上げる怨嗟の声により男がいた空間は一瞬にして砕け散っていった。その空間だけがぽっかりと何もなくなっており、男の姿ももうどこにもなかった。

「プリローダ……アアアアァッ!!」

 次の怨嗟の声は辺りの空間を砕け散らせていった。これにより姿を潜めていた精霊たちもあっという間に姿を消していった。

「ニンゲン……ユルサナイ……ユルサナイ……!!」

 負の気に取り込まれたガンナは最早己の制御ができなかった。ガンナはこの世界の理を司る存在であり、本来はその職務を全うするために表に出ることは避けなければいけないのだが、孤独に堪えかねたガンナは表に出て自らの正体を隠しながら接してきていたのであった。今回ガンナが目を離してしまったのもガンナがいち早く男がやってくる空間の歪みの存在を感知し、自らの役割を果たそうとしたからであった。しかしそれがプリローダの側を離れてしまい結果守ってあげることができなかったのである。ガンナが纏っている負の気の大部分はプリローダを殺されたことによる人間への憎しみの感情が占めていたが、中にはプリローダを守れなかったという後悔の念もあったようである。

「…………」

 やがてこの世界から急速に精霊の気配が薄らいでいった。ガンナが負の気を纏い空間を崩壊させ始めたことでこの世界にはいられなくなり次々と逃げ出していったからであろう。じきにこの世界はガンナだけしか残らなくなってしまった。

「…………」

 ガンナは虚ろな目で動かないプリローダの体を見つめていた。その体は崩壊を続ける世界に呼応するかのように消滅を始めていた。

「ナゼ……ドウシテ……アナタガ……」

 プリローダを見つめていると少しだけ負の気から開放されるような気がした。しかしもうプリローダの体は消滅を続け、完全に消えてしまえばもう負の気から抜け出すことはできなくなるだろう。

「……ワタシハ……ワタシハ……!!」

 そして……プリローダの体はこの世界から完全に消滅をした。そしてガンナは再び負の気に包まれこの世界を崩壊させていったのである……


コワレタセカイ ノ モノガタリ ~ナゲキノセカイ エピローグ~

「……あの世界が……こんなになってしまったのですね……」

 2人は崩壊した崩壊したタビア=ガンナへと降り立った。ラヴィスが最初に訪れた際よりもさらに崩壊は進んでいるようであり、周囲に浮かぶ岩の大きさは先ほどよりも小さく、数も心なしか増えているような気がした。

「……変な場所には落ちないようになってるとは言えさっきより慎重に行かないと危なさそうだな……」

「そうなのですか?……でもあまり慎重に行く余裕もなさそうですが……」

 2人がいる今も少しずつではあるが世界の崩壊は進んでいるようである。この先も足場が確保できる保証はどこにもない。

「……ルミナスから魔力借りてくればよかったな……」

「ルミナス様から?」

「……ルミナスの魔力があればひゅっと飛んで一気に下まで……」

 そう言いかけたラヴィスがふと横を見るとプリローダの背中には淡い虹色の羽が現れていた。

「プリローダ、お前……」

「……私は“淡虹のプリローダ”と呼ばれた理の精霊……普段は一切精霊の力を使うことはありませんが……今日だけは特別です」

「……じゃあ我にも……」

「……すみませんが私の力は他人に分け与えられるほど強力なものではありません。自力でお願いします」

「……おい」

 そう言うとプリローダは一足先に下に向かって飛び立っていった。

「……ハァ……もっとしっかりルミナスに甘えておけばよかったか……」

 そしてその後をラヴィスが足場に飛び降りながらついていった。





「…………」

「……追いついた……」

 先行していたプリローダは律儀にラヴィスを待ってくれていたかのように立ち止っていた。

「……ここは……あの時の……」

 2人が立っていたのはラヴィスが先ほど降りていく途中に降り立っていた小さな木の生えた足場であった。先ほどよりもその面積は明らかに小さくなっており、水辺は地面が割れたことにより干上がってしまい木が生えていたところも大きく地面が削られ半分根が露出してしまっていた。

「……先ほどもここに来たのですか?」

「ん?ああ……」

「そうでしたか……」

 プリローダはラヴィスの方ではなく小さな木の方を向いたままそう言った。

「……記憶にあるのか?」

「……この木の前……水辺のほとり……ここは恐らく私がこの世界に流れ着いて最初に目を覚ました場所です」

「……そうか……」

「……ここの精霊は見知らぬ私のために手を尽くしてくれました……」

 そしてプリローダは自らの過去を少しずつ話し始めた。この世界に来る前のプリローダは周囲からいじめを受け居場所をなくしていた。そしてあの日、プリローダは河原でいつも以上に暴力的ないじめを受けてしばらくその場に横たわっていた。そこで次第に意識は薄れていき気がついた時にはもうこの世界へとやってきており精霊たちに看病されていたという。

「……精霊に好かれる人間は何かしら特別な力があったりするもんだが……」

「……なかったと思いますよ。それか……私だけ気付いていなかったか」

「……そういうことか」

「……私の気付かない力を疎んじていじめられていたかもしれませんからね。もっとも今となってはもう分かりませんが……」

 そう言うプリローダの口ぶりはどことなく寂しげであった。

「……さ、まだまだ下ということですよね。あまりのんびりもしていられないのでしょうから先を急ぎましょうか」

「そうか、じゃあ行くか……」

 今度はラヴィスが先に下へと飛び降りていった。その後にプリローダが降りようとしたがその前にもう一度後ろを振り返った。プリローダにとって思い出の木になるこの小さい木にはもう1枚しか葉は残っていなかった。その葉も今にも散ってしまいそうであった。

「……あの時はここしか居場所のなかった私ですが……今では大切な主と支えて下さるたくさんの方々に出会い新しい居場所を頂けました……」

 プリローダはその木に小さく頭を下げてからその場を後にしていった。プリローダが飛び立つと同時に残っていた葉がひらりと散っていき、その後その木は地面から崩れ落下していきながら消えていった。





「……凄い高さですね」

「……だろ?これを飛び降りるのは大変だったぜ……」

 長い長い道のりの果てに再びラヴィスとプリローダはここまでやってきていた。見下ろす遥か下にはこの世界の根幹を司る精霊と遭遇した大きな足場が見えていたが、先ほどとは違いどことなくうっすらと赤みががったような霧に覆われているようであった。

「……ラヴィス殿、感じていますか?」

「……あいつの放つ負の気か?そりゃ思いっきり感じてるぞ」

「……そうですよね……大分……危険かもしれません」

 それが精霊の放つ負の気であることは2人もすぐに分かっていた。ただでさえ強大な力をもつ精霊であるのに負の気にとらわれ暴走状態になれば手がつけられるはずもない。

「……すぐに私だと認識してくれればいいのですが……」

「……気付いてもらえなかったらいろんな意味で最悪だよな」

「そうですね……ですがルミナスさんやネレイス様のためにも最低限ラヴィス殿は無事に送り返せるよう善処はしますよ」

「……そいつはどーも」

 先ほどは軽く攻撃をもらっただけでルミナスに思い切り泣きつかれたのだ。それ以上のことがあればルミナスはどうなるか……

「……さ、行きましょう。この世界を……解放してあげなくてはいけません」

「……そうだな……」

 2人は意を決して飛び降りていった。最初のうちはどんどんと加速を続けていったが上の世界と下の世界を分けているかのような膜を突き破った瞬間に落下速度は落ち、ゆっくりと地面へと降り立った。先ほどまでは蒼く美しい空間だったはずの下の世界も今は赤いもやが薄く立ちこめ地面はところどころひび割れた状態となっており、この場ももう少ししたら上の世界のようになってしまうことが想像できた。

「……なんという負の気……これはもう精霊界にかけられていたのと同じくらいのレベル……」

「これを1匹の精霊がやってるんだ……すさまじいな……」

「……オマエハ……」

 強力な負の気を放つ存在はすぐに現れた。誰にも入ることのできないはずの空間に侵入を許したのであれば当然すぐにやってくるというものだろう。

「……用があるのは我ではない、こっちの……」

「キエロキエロ!!オマエナンカ……オマエナンカァ!!」

 ラヴィスはなんとかプリローダに話をさせようとするが負の気にとらわれた精霊にはプリローダの姿など全く見えていないようだった。眼前に見えるラヴィスを害悪をなす侵入者として徹底排除する体勢を崩すことはなかった。

「……っっ!!……こんなにも変わってしまうものなのですね」

 ラヴィスに向けて放たれた負の気の波動をプリローダはその身を呈して止めた。

「おい、おま……!!」

「……この場ではもう隠す必要もないでしょう」

 その際にプリローダの服の一部と顔を覆っていた布が吹き飛んでいった。初めてその姿を見たラヴィスは思わず絶句してしまった。顔は皮膚が焼けただれてしまいそのせいで両目ともふさがってしまっており、体のほうも火傷の跡や古傷のようなものが無数に残る非常に痛々しい姿をしていたのであった。

「……ジャマヲシタノハ……ダレ……?」

「……私のことをお忘れですか?怒りと憎しみに支配されて失った存在のことを忘れるなんて滑稽な話ですよ」

「……ア……アア……アナタハ……!!」

「……タビア=ガンナ……この世界の名を持ちし精霊……」

「プリローダ……プリローダ……!!アア……ヨクココヘ……!」

 ようやくプリローダの存在に気付いた精霊はすぐに我に返ったようである。またたく間に負の気は消え失せ辺りも蒼く美しい空間へと戻っていった。

「……プリローダ!ドウシテココヘ……?」

「……崩壊したこの世界の後始末をしに来ました」

「アトシマツ……?」

「そうです。私を失い怒りと憎しみにとらわれた貴女はこの世界を破滅させた……」

「……ウ……ソレハ……」

「……その結果この世界は存在すら消されることになりました。貴女はこの世界を守る立場にありながらそれを忘れ、あまつさえこの世界を崩壊の道へと進ませるなど……」

「……」

 再会を喜ぼうとした精霊ではあったが、その暇すら与えずプリローダは説教を始めた。ノエルの侍女をしている際にもノエルに対して厳しい意見を遠慮なく言うことができるプリローダはここでも遠慮なく物言いを続けていた。

「…………」

「プリローダ……ワタシハ……」

「……もう……この世界には貴女以外の存在はありません……寂しいものになってしまいました……」

「……ミンナ……ニンゲンニ……」

「…………私を手にかけた人間は邪な心を持つ者だったでしょう。ですが……人間がみなそうではないですよ……」

「…………」

「……精霊界の主は今……素晴らしい方が努めておられます。一度損なわれた人間と精霊の関係を……さらには精霊界と魔界の関係を改善しようと奔走し……その成果が実りつつあります……。精霊たちが人を憎む時代は……もう終わりなのですよ」

「……ソンナコトガ……?」

「……私も人間のことは信頼しています。もちろん……この人も」

 プリローダはラヴィスの方を向いた。そのラヴィスはゆっくりとプリローダの横へと並ぶ。

「…………」

「我はラヴィス。第10代精霊界女王ネレイスの契約者だ……」

「ラヴィス……ワタシハ……」

「……今の精霊界は本当にいいところだ……それこそ……かつてお前がこいつと過ごしたような時間がずっと続いているようなものだ」

「…………」

「……ネレイスにこの話をしたら……なんと言うか……」

「……きっと残念がることでしょう……」

「ワタシハ……」

「……だが今のお前は自分のやったことの大きさが分かっているだろう……それなら……」

 ラヴィスとの話を続けていくうちに精霊の体からは徐々に光が漏れ出始めていた。

「……ワタシ……ハ……」

「どうした……?」

「……私と再会し……人間に対する憎しみが薄らいでいったことで気持ちが解放されたのでしょう」

「……コノセカイハモウホロンダ……ワタシノヤクメモオワッタ……ダカラドウカ……」

 精霊の体から漏れ出ていく光の量はどんどん多くなっていた。

「……プリローダ」

「分かりました」

 この精霊の最期の幕引きはこの精霊の拠り所となっていたプリローダが受け持つこととなった。プリローダの手には淡い虹色の光が集まっていた。

「……もう……いいのですね?」

「……アナタニアエテ……スクワレタカラ……」

「……貴女の役目は終わり……あるべき場所へと貴女は還れることでしょう……そしてこの世界も失われあるべき新しい世界へと生まれ変わるでしょう……」

「……プリローダ……コレカラモドウカ……ゲンキデ……」

「…………」

「……ラヴィス……アナタモ……ドウカ……ソノスバラシイセイレイカイヲコレカラモ……」

「……大丈夫だ。ネレイスいる限りずっと……な」

 そう言ったラヴィスに精霊は優しくほほ笑んだような気がした。ラヴィスに対して見せた最初で最後の友好的な姿勢であろう。

「プリローダ……」

「……タビア=ガンナ……私は貴女に救われました……この世界の存在はこれで失われ忘れ去られていくことでしょう……ですが私はこの世界を……そして貴女を絶対に忘れることはないでしょう」

「……アリガトウ……」

「……さようなら……私の……恩人……」

 そう言うとプリローダの手から無数の虹色の光弾が放たれた。その光弾は精霊の体を覆い尽くしていき、最終的にその光弾が弾けると精霊も一緒に虹色の光となって消え去っていった。

「…………」

「……プリローダ」

「……帰りましょう。精霊を失ったこの世界はじきに崩壊するでしょうから」

「あぁ、でも何か忘れてるような……」

 そう言ったラヴィスが何かの気配を感じ上を見ると上空から何かが降ってきていることが分かった。大きさはあまり大きくはなく、降ってくる速度もゆっくりであったことから軽いものなのであろう。

「……あれは……」

「……葉っぱ……?」

 降ってきていたのは1枚の葉であった。恐らくは上空で見た小さな木に残っていた最後の1枚の葉っぱなのだろう。それがラヴィスのところまでぶれることなくここまでゆっくりと落ちてきていた。

「……確か世界の欠片……とかいものを回収しないといけないんだが……」

「……ではあれがそうなのでしょうね……」

 そして葉っぱはラヴィスの手のひらの上へとおさまった。木はとうの昔に枯れていたように見えたが、この葉だけは何故かみずみずしい緑色のままであった。それにどことなくあの精霊の力が残っている、そんなようにも感じられた。

「……世界の欠片って別に石とかに限らないってことなんだな」

「そのようですね」

 世界の欠片を手中に収めたことで一気に世界は崩壊を始め、それに合わせて異世界の扉も自動的に起動した。

「……さぁ、帰りましょう」

「そうだな……」

 2人は異世界の扉の中に消えていった。そしてその異世界の扉は崩壊していく世界と一緒に消滅するようにして消えていった。





「……ん……ここは……」

「新しい世界……でしょうか」

 2人がたどり着いたのは自然あふれる世界であった。綺麗な水辺のほとりに小さな木が1本ちょこんと植わっているこの世界は非常に長閑な場所であった。

「座標軸A790-62……さっきの世界の上にできた新しい世界だな……」

「……無事に新しい世界がお目見えとなったわけですね……」

「…………ん?」

 しかしラヴィスにはどことなくこの風景の見覚えがあったような気がしていた。

「……ラヴィス殿?」

「いや、何でもない」

 ラヴィスはそう言ったもののラヴィスは確信していた。この景色は最後にタビア=ガンナと会ったあの場所と全く同じであったのである。恐らくもともとタビア=ガンナと呼ばれていた世界は外側の崩壊していた世界だけであり、精霊と出会った空間は新たに作られていたこの世界だったのだろう。この世界は元のタビア=ガンナに覆い隠されていたために表に出なかったのが、元のタビア=ガンナが消失したことで表に出てきたのであろう。

「……そうか……」

 目の見えないプリローダにはこの景色は見えていないので分からなかった。気配も元のタビア=ガンナとは異なっているために気付くことはないだろう。ラヴィスは少し考えたがそのことを伝えようとはしなかった。

「……ラヴィス殿」

 しばらく無言の時間が続いたがプリローダが先に口を開いた。

「何だ?」

「……あの世界に行けてよかった……」

「……どうした、急に」

「……私も少々心残りがあったのでしょう……これで私も心おきなくノエル様のとこへと戻れるでしょう」

 皮膚がただれ表情も崩れてしまっていたプリローダであったが、それでもラヴィスにはプリローダがどことなく吹っ切れて落ち着いたような表情をしているように見えていた。

「そうか……ま、そのノエル様がネレイスに厳しく追及されてなければいいんだがな」

「ふふ、そうですね。……ちょっと心配なので早く帰りましょうか」

 プリローダのその言葉に促されラヴィスは異世界の扉を起動した。今度は神界宮殿の座標が入力されており、2人は扉の先に広がった光の海へと飛び込むとその扉は静かに閉じ、ゆっくりと消えてなくなっていった。2人が去った新しい世界には柔らかな風が吹き込み、その風にのった精霊たちがふわふわと舞い踊っていた。



コワレタセカイ ノ モノガタリ ~ナゲイノセカイ編 完~



(近日追記にオマケが……!?)


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プロフィール

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Author:ラヴィス
パソコン使えないくせにブログに手を出した愚か者。
……温かい目で見てもらえるとうれしいです。

毎週月曜に大小の違いはあれど更新中です。

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