ブログ開設2周年記念特別SS 精霊界再生編 ~救世主創造~ 完結編

(今回も最初と最後の方に少々過激な表現が含まれます……)







































「…………」

 男は放心状態だった。目の前で起こった光景は当然予測もつかないことであったのは確かであったがそれ以上にその凄惨な光景は男の心に深い傷を負わせるには十分すぎた。今この場に残っているものは叫び声にも取れる赤子の産声と彼の愛したフェリアの“残骸”とまで言われてしまいそうなほどの無残な姿だけであった。

「…………」

 フェリアの体はほぼ全体が黒く変色してしまい生きていた時の美しさは見る影もなかった。少し視線をずらしただけで骨や内臓が見えてしまいそうでとてもではないが体は見てあげられなかった。

「フェリア……」

 顔を見ると顔だけはまだ綺麗なままであった。しかしその顔も苦痛に耐え抜いていたその表情のままであり見ているとどんどん辛くなってきた。そして男は子どもの方へと目を向ける。フェリアの血で赤く汚れていたが元気に産声を上げている。ただ周りがどういう状況になっているのかは全く分かっていないのだろう。まだへその緒がついたままであるがその先をたどった先にあるものは……。

「……」

 男は剣で役目を終えたへその緒を斬った。そしてそのまましばらく佇んでいた。ふとフェリアの方を見るとへその緒が斬られたことでフェリア自身も役目を終えたということなのか、朽ちた体はやがて煙のようになって消えていった。

「…………せいか……」

 しばらくそのまま時間が流れていたが男がそうぽつりと漏らした。

「……お前ができたからフェリアの体は朽ちて死んだのか……」

 男は剣を構えた。今度の狙いは声をあげるのに疲れて眠っている赤子だった。

「……お前さえ産まれなければっ!!」

 そして赤子に向かって剣を振り下ろそうとした。

(やめてっ!!)

「!!」

 しかしその時男の耳に死んだはずのフェリアの声が聞こえたような気がした。

「…………」

 その後も何度も剣を振り下ろそうとしたものの結局男は剣を振り下ろすことはできなかった。フェリアと過ごした幸せだった日々のことがどんどん蘇ってきていた。子どもができたことをフェリアは何よりも喜んでおり、それと同時になんとしてでも生みたいという強い思いも伝わっていた。苦しい思いをして結果命を落してまで産んだこの命を斬り捨てては死んだフェリアが悲しむだろう。しかし愛する者を奪った赤子に対する憎しみはどうしても消えない。さらに蘇ったフェリアとの思い出がどんどんと男の心を締め付けていく。

「……フェリア……すまない……」

 男は剣をしまうと赤子を抱きかかえて外へと向かった。そのまま森の中を進んでいく。 

「……この子を俺は許せない……だから……」

 その途中に大きな切り株があった。男が燃料の薪を切り出すために倒した木のものである。その切り株にそっと赤子を寝かせた。

「……これで……」

 そして赤子を置き去りにして立ち去っていった。



「…………!!」

 精霊界氷の精霊管轄区の中枢である蒼の神殿、そこでセルシウスはフェリアの死を悟っていた。というのも八理守護精霊は精霊界女王と契約を行っているのだがその契約は八理守護精霊側から破棄することはできず、契約者である精霊界女王の決定もしくは精霊界女王の消滅によってのみ契約は解消される。そしてたった今フェリアとセルシウスの間に結ばれていた契約は解消された。負の気の影響ですっかり衰弱していたフェリアの姿を見ていたセルシウスはすぐにフェリアが負の気により亡くなったものだと分かった。

「……フェリア様……」

 セルシウスは静かにフェリアの冥福を祈った。

「……最期の姿……見届けられるだろうか……」

 そしてネールにフェリアが亡くなったという報告をするための資料集めという意味も込めて顕界へと向かった。



「……フェリア様が亡くなったのはやはり間違いない……体も消滅した後だったか……」

 セルシウスは物陰から男の家の中を見回していた。見える範囲でフェリアの姿はなかったものの部屋の中は血に汚れておりフェリアが最期にどうなったのかはそれで容易に想像がついた。

「……男はいないな……森の方だろうか……?」

 そう言って今度は森の方に向かった。木々の隙間を縫うように進んでいくと丁度森の奥から男が戻ってきたのが見えた。

(……手ぶらで森の中へ……?何かを持っていったと見るべきか……)

 その様子に不自然なものを感じたセルシウスは男が来た方向へとさらに進んでいった。着いた場所は薪を切り出す作業場。その切り株の上には血に汚れた赤子が置き去りにされていた。

「フェリア様の子を……!!」

 セルシウスは赤子を抱き上げた。ぐっすりと寝ていた様子の赤子の体についていた血はもうすっかり乾いていた。

「…………育児放棄……か、ならば……」

 そのままセルシウスはその場を立ち去っていった。切り株には氷の結晶が刺さっていた。



「……フェリア様との契約が解消されました。確認したところ人間の世界にてフェリア様が亡くなられていたことも確認しました」

「……分かりました、では私が第9代の女王となるのですね」

「……そうですね」

 セルシウスは精霊界に戻りネールに報告をしていた。本来であればエンジェルティアの探りも入れてくる予定であったものの、育児放棄されたフェリアの子を回収したために少々予定が狂ってしまったが考えようによってはエンジェルティアよりも大事なものの回収ができたのは大変良かったのかもしれない。

「他の八理守護精霊たちにも今から集まるように伝えて下さい」

「はっ……」

 その後ネールの女王就任についての打ち合わせが行われた。

「……エメローネ、話がある」

「セルシウス……どうかしましたか?」

 打ち合わせが終わり解散となった後セルシウスはエメローネに声をかけた。

「……後で蒼の神殿まで来て欲しい」

「……?分かりました」

 この時はまだ話の重大さがエメローネには伝わっていなかった。



「……!?この子が……!?」

「……ああ、フェリア様と人間との間に産まれた子どもだ」

 セルシウスが抱えている赤子を覗き込んでいたエメローネは驚きの表情を隠せなかった。

「……だがいつまでも私が育ててあげる訳にもいかないだろう、人間との関わりが多いエメローネなら引き取ってくれる人を見つけらるのではないかと思ってな」

「……いいのですか?精霊界の後継者のような存在ですよ?」

「……このまま精霊界で育ててしまえば結局は同じだろう……人間の世界で育つことで我々精霊が持たない力を……精霊界を救う力を身に付ける……そう思うのだ」

「……なるほど、それは分かる気がします。では人間の世界の頼れるお方に交渉をしようと思います……」

「頼んだ……」

 セルシウスはエメローネに里親探しを依頼した。精霊界の未来を担うであろう存在が立派に育ってくれることを願って……






「……あたしが産まれるまでに……そして産まれた直後にそんなことがあったんだね……」

「はい……セルシウスさんがすぐに来てくれて助かりました……」

 ここまでの話を聞いたネレイスが口を開いた。未だにショックが隠せないようである。

「…………」

「……ネレイスさん、どれくらいの頃からの記憶はありますか?」

「……んー……1人で世界をふらついててそこでエンジェルティアを譲り受けた辺り……かなぁ」

「……あの辺りですか……」

 そうしてノエルは再び語りだした。





 ネレイスがエンジェルティアと出合ったのは15才くらいの頃であった。それまでにもネレイスは過酷な過去を乗り越えてきた。1才になる頃にエメローネが探し出してくれた里親の下に引き取られ可愛がってもらえたのだが、その里親はネレイスが2才になる頃に病気で亡くなってしまった。引き取ってくれたその友人もその翌年に事故で亡くなってしまった。身寄りがなくなってしまったネレイスは孤児院へと入れられることになるが、彼女を育ててくれていた2人の親が相次いで亡くなったことから“呪いの子”として忌み嫌われることとなりいじめられることが多かったという。孤児院の先生はその姿を見かねて幾度と無くネレイスを守ってあげていたのだがその先生もやがて不慮の事故で亡くなってしまった。さらにネレイスをいじめていた子供までもが事故で亡くなり評判は一気に低下、やがてその孤児院は閉鎖へと追い込まれてしまいネレイスは再び外に放り出されることとなった。
 そのネレイスを今度は旅の商人一座が拾った。ネレイスを大事にしてくれその時護衛の傭兵が振っていた剣を見てネレイスも剣に興味を持ち始めていったのだった。試しに握らせてもらったところすぐにその才能を認められその傭兵の元でたびたび剣の練習を続けてきた。しかし恵まれた環境に置かれていたのもつかの間売るものに困った商人たちはネレイスを売りに出すことになった。女の幼子ということで高値で売れたネレイスは最後よくしてくれた傭兵に“もしまた1人になったら傭兵として剣の腕を頼りに生きろ、お前の才能なら必ずやっていける”と言葉をかけてもらった。結果ネレイスをこき使った主が病気で亡くなった後にネレイスはまだ弱冠10才でありながら剣を手にし世界を点々とするようになったのだった。

「……久しぶりに街に着いたぁ……」

 各地を点々とする生活が続いておよそ5年、旅の傭兵が見抜いた才能を開花させたネレイスは幼いながらもちらほらと評判に上がるほどの活躍を見せており、傭兵生活にも大分慣れてきたころであった。商工業で賑わっているこの街は久々の補給拠点であり、早速次の町や仕事場へ向かうために必要な食料等を買い揃えていた。

「シャワーも浴びたいしベッドでも寝たいし……久々にゆっくりしよう」

 ネレイスは街中を歩き今日休む宿を探していた。すると横から急に声をかけられた。

「……お、そこの嬢ちゃん、ちょいといいかい?」

「……あたし?」

 声の主は40代くらいの気の良さそうな武器商人だった。

「そうそう、随分小さいのに立派な剣背負って旅の剣士かい?」

「……そんなとこです」

「見たところまだ10代中ごろだってのに1人で旅をしてるだなんて相当の腕があるんじゃないかい?」

 商人もまたネレイスの才能を見抜いていたようである。

「……おじさんも相当腕が立つんじゃないの?」

 したり顔の商人にネレイスはそう言い返した。言い返された商人は一瞬きょとんとした顔をしたがすぐにケタケタ笑い出した。

「はっはっはっはっは……嬢ちゃん面白いことをいってくれるじゃないか、気に入ったよ」

「……大方この剣がそろそろ変え時だっていうことが分かって声をかけたんじゃないの?」

 自分の得物は傭兵にとって自分の命を預ける大事な存在である。ネレイスがこれまで使ってきた剣は世界を渡り歩く際に入手したものでありこれまでずっと使い続けてきたものであったが、これまでちゃんと手入れを続けていたもののいよいよ限界が近いことを感じていた。

「……話が早いじゃないか、じゃあ来いよ、嬢ちゃんに合った剣をゆっくり探すといいさ」

 商人のその言葉に従いネレイスは近くにあった大きな武器屋へと連れていかれた。その武器屋は剣や槍、斧といった近接武器だけでなく弓矢のような遠距離武器、さらには大砲や設置式の射出弓、さらには投石器といった大型のものまで置かれていた。

「……見たことのない武器まで置いてある……」

「そうだな……施設用の装備はそんな目にすることもないだろうしな」

 店の中を進み剣を取り揃えた場所へとやってきた。ダガーのような短剣からネレイスが普段使っている長剣、そして両手で扱う大剣まで多種多様な剣が並べられていた。早速ネレイスは1本の長剣を手に取り軽く振ってみる。

「……んー……ちょっと軽いかなぁ……」

「……ふむ、君は只者じゃないな。その立ち回りと剣の振り……これまで見たことないな」

 その後しばらく商人に様々な剣を薦められて試し振りを繰り返していったが、その中で1本の剣が目に入った。

「……あの剣は何……?」

 棚の上に綺麗なケースに入れて飾ってあったその剣は透き通った蒼いガラスのような色をしていた。

「……ああ、あれか?ただの飾り物だよ」

「……あの剣って振れるの?」

「……あんまりおススメはしないぜ?」

 商人はあまり気分のいい顔をしなかったがその剣をネレイスに渡した。

「…………」

 ネレイスがその剣を握ると淡く光りだした。その様子にネレイスも商人も驚いていた。

「……え……何……?何が起きてるの……?」

「……なるほど、そういうことか」

「……この剣何なの?」

「……何かの宝剣だと思ってるんだが詳しいことはさっぱり分からない……ただ言えることはこれまでこの剣を気に入って買ってった数日後には何故かこの店に戻ってくるってことだけさ、そういう気味の悪い剣さ」

 商人が忌々しそうに言ったこの剣こそが精霊界の至宝、エンジェルティアであった。フェリアが持ち出したエンジェルティアはフェリア亡き後男の家から見つかっていたがやはりフェリアのことを思い出すということから放棄されていた。それが巡り巡ってこの商人の下に流れ着きネレイスが来るのを待っていたようである。

「……淡く光ってるけど……」

「要するに“嬢ちゃんこそがその剣を持つのに相応しい”ってことだろうよ。持ってけよ」

「お金は……?」

「その剣に関してはお代はいらねぇよ」

「……ありがと、でも折角だから一番感触のよかったこの剣をちょうだい、これはお金払うよ」

「そうか、ありがとな」

 持ち主が現れたことでようやく厄介払いができると思った商人はエンジェルティアをネレイスにタダで譲った。こうして精霊界の救世主となる存在に精霊界再生の鍵となる剣が渡ったのであった。





「……そしてあたしは精霊界に導かれ……あたしが精霊界の王女だってなって……精霊たちと会って……それから……」

「…………」

「……ラヴィスたちと会った……」





 精霊界の王女と伝えられ精霊界のために力を尽くす決意をしてから数年後のことであった。八理守護精霊たちに挨拶をし精霊界女王になるための資質を身に付けるために各地を回っている最中立ち寄った森林地帯でのことだった。エンジェルティアを握ったことでネレイスの精霊としての力は増したと同時に代々精霊界女王にかけられていた負の気の呪い、これが発症しネレイスの体を蝕み始めていた。負の気を抑えるためには正の気で打ち消す必要があるのだが、こういった自然の多いところは正の気が多く放出されやすい。そのためネレイスはこの森で正の気を浴びて休憩を図るためにやってきていた。

「……精霊界女王になるには……超えなきゃいけないんだろうなぁ……これ……」

 ネレイスは木陰に腰掛けて疲れを取っていた。エンジェルティアと出会い精霊界に招待されてから感じるようになった不調感にも大分慣れてきており、こうした休憩方法もよく分かってきていた。

「……んー……でも今回のは結構きいついなぁ……」

 しかし今回の不調はいつもより酷かった。急に目の前がゆがみ立っているのも大変なほどのめまいが襲っていたのだった。正の気を浴びてもしばらくはまだ動くには厳しかった。

「……しばらくはここで休まないとなぁ……」

 急いでいるわけでもなかったのでネレイスはここでゆっくり休みを取っていた。しかしそのネレイスが発する負の気は魔物を呼び寄せるという効果があった。そしてこの時もネレイスの負の気に誘われた存在が近づいていた。

「……うわぁ……ツイてないなぁ……」

 その存在にネレイスも気付いた。明らかにネレイスよりも大きい極彩色のオオトカゲがゆっくりとネレイスの方めがけて近づいてきていた。感づかれないようにネレイスはゆっくりとその場を後にしたが負の気をたどってやってきたトカゲには当然効果があるわけもなくすぐにネレイスをかぎつけゆっくりと迫ってきていた。

「……仕方ない、戦うかぁ」

 ネレイスはエンジェルティアを抜き迎撃体制に入った。視界は歪み極彩色の体色がチカチカしてあまり万全な体調ではではなかったもののネレイスはこういう状態の中で何度も戦わざるを得ないことがありその点では慣れていた。迫るトカゲに刃を突き立てたが表皮は意外と硬くわずかな傷しか作ることができなかった。

「硬いなぁ……やっぱり腹を狙わないとダメかぁ……」

 すぐにネレイスはトカゲの体を借りてロンダートからのバック宙を決めて背後をとり距離を取った。ネレイスは精霊の血を引いてることもあり身体能力は普通の人間よりも遥かに高く、華麗な動きで戦えることが持ち味である。着地後足と足の間の脇腹を狙って切り込むがトカゲも反応し後足でネレイスを蹴り飛ばした。

「……っと」

 吹き飛ばされてから体勢を立て直すのもネレイスは得意であり、空中ですぐにバランスを取り直すと木を蹴って着地した。

「……この状態であんまりやりたくないんだけどなぁ……」

 ネレイスの目つきが鋭くなった。構えを変えると素早く正面から切り込んでいく。トカゲも当然のように前足で払いのけようとしてきたがその瞬間にネレイスは素早く飛びのき払いのけた後の足の付け根付近を狙って鋭く切り上げた。ネレイスはフェイントやカウンターといった技が得意で相手の動きを冷静に見切って致命的な一撃をお見舞いすることでここまで幾多の相手をねじ伏せてきた。これもネレイスのもつ精霊の血が成せる技であった。

「……あっ!」

 しかし今回は少し違った。歪む視界とチカチカする体色のせいでネレイスの狙いは少しずれており振り上げた剣が硬い表皮に当たって弾かれてしまい、それによってネレイスの体勢は大きく崩れてしまった。直後トカゲは体をぶつけてきたがネレイスはなんとか飛びのいたが普段のネレイスではまずない着地の乱れで再び体勢が崩れてしまう。

「わわ……っっ!!」

 そこにトカゲが前足を振り払ってきておりネレイスは避けることができずエンジェルティアで受け止めようとした。しかし体勢を崩した状態でありさらに重い一撃だったことからネレイスのエンジェルティアは大きく弾き飛ばされてしまった。そしてそのままのしかかられてしまい身動きを封じられてしまった。

「うぅ……重い……って嘘……!」

 トカゲの方をを向きなおしたネレイスが見た光景は大口を開けたトカゲが迫ってくるところであった。身動きできなかったネレイスは肩の辺りまでくわえ込まれてしまう。 

「んむっ!んん!!」

 ネレイスは必死に抵抗するが武器を失ったネレイスにはどうすることもできず腰の辺りまでくわえられてしまった。くわえたネレイスをトカゲはまるで飴玉をなめてるかのようにベロベロと執拗になめ回していった。後にわかることになるのだがネレイスの放つ負の気は魔物にとってこれ以上ないほどの格別なご馳走であったのだ。その負の気を味わうようにネレイスをなめ続けそれによりネレイスはどんどんと体力を奪われてしまい最終的にはぐったりとしてしまった。抵抗できなくなったネレイスはそのまま足先までくわえられ口の中でも散々になめ回され味わわれた後ゆっくりと飲み込まれていった。





「……結構深い森だな……」

「でも目的の湖に先回りするのならこの森を突っ切るしかないですからね……」

 ラヴィスとルミナスは森の中を駆け抜けていた。将軍たちの本隊を離れ別働隊として先行し次の休憩地となる湖の安全確認を任されていたのである。本体は森を迂回するルートを取っていたがどうやら交戦状態に入っているらしい。この調子でいけば時間は十分に余るだろう。

「……流石にこの森には誰も陣取ってないようだな」

「そうですね……流石にこんなところに兵を配置するなんて考えませんからね」

 幸い邪魔する存在も無くラヴィスたちは順調に森の中を突き進むことができていた。その時であった

「きゃぁぁっ!!」

「……!?」

 ラヴィスの耳に女性の悲鳴が聞こえた気がした。

「今女の悲鳴が聞こえた気がしたんだが……」

「え?私には聞こえませんでしたよ?」

 しかしルミナスには聞こえていなかったという。ルミナスはその時から聖女の加護を受けており耳もラヴィスよりは格段によくなってたのである。そのルミナスが聞こえていないと言うのだからほぼ空耳であるのは間違いないのかもしれない。

「……いや、間違いはない。あっちの方だ」

 しかしラヴィスはその声がどうしても空耳であったとは思えなかった。ルミナスを置き去りにしラヴィスは森の奥へと入っていく。突然のことでルミナスは驚いて立ち尽くしてしまったがラヴィスが心配だったのでその後を追いかけた。

「…………ん?何だこの剣は……」

 ラヴィスが走っていった先には透き通った蒼い剣――主を失ったエンジェルティアが転がっていた。

「この近くに何かいるんだろうな……」

 ラヴィスはさらに奥の方へと向かった。その先でラヴィスはあるものを見つけた。森の奥の方へ向かってのしのしと歩いていく大きなトカゲがいたのだがそのお腹は引きずるまでに大きかった。恐らくあの中に……

「……まぁここまで来たら生きてるかどうかは抜きにして外に出してやるか」

 ラヴィスはそのトカゲに斬りかかった。しかしラヴィスの剣は硬い表皮に弾かれてしまう。

「くそ……」

 攻撃されたトカゲは応戦する意志がないように逃げようとする。しかしお腹が大きく重いせいかあまり早く走れていない。

「逃がさねぇぞ!」

 ラヴィスはすぐに追いかけてい大きな腹を狙って剣を振りぬいた。その攻撃はクリーンヒットはしなかったものの脇腹に大きな傷をつけることができた。

「くそ……上手く当たらなかった……ん?」

 しかしそれでもトカゲは足を止めずに逃げていたのだが、その途中何のことはないただの木の根に躓いて転んでしまい横になってしまった。得物を飲み込み重くなったお腹のせいで木の根を跳び越すこともできなかったのだろう。その隙をラヴィスは逃さなかった。

「もらった!」

 軟らかいお腹をラヴィスは一閃して切り開き、そのまま喉元も切り裂き息の根を止めた。

「……さて」

 息の根が止まったのを確認するとラヴィスはトカゲの腹の中を確認した。切り裂いたお腹から赤く染まった人の手のようなものが覗いていた。

「……まだ大丈夫そうかな……」

 ラヴィスはトカゲの胃袋を切り開いて中からネレイスを引きずり出した。全身胃液を浴び服はボロボロで体も血で染まっており意識はなかったが既に死んでいるわけではなさそうであった。

「……それにこいつ治癒能力を持っている……?」

 というのもネレイスの体はわずかにであったが少しずつ回復していた。これもネレイスが精霊故に持つ能力……ではなくネレイス固有の能力である癒しの気によるものであった。

「ラヴィス様……!!その人は!?」

 そこにルミナスが追いついてきた。血まみれのネレイスを見てかなり驚いている。

「……危うく栄養になるとこだったやつだ。まだ息は残ってるようだし回復魔法でもかけてやってくれ」

「はい……でも本当に女の人の悲鳴がしていただなんて……」

 回復魔法をかけてあげているルミナスは複雑な表情をしていた。耳には自信を持っていたのに悲鳴を聞き逃したのはかなりのショックだったようだ。

「まぁいいや、とりあえず運んでやるか」

「はい……」

 ラヴィスはネレイスを背負ってルミナスと共に森を抜けていった。





「…………ん……」

 ネレイスが目を覚ますとそこは湖の畔だった。綺麗な花も咲いていてまるで天国のような雰囲気だった。

「……あのままあたし死んじゃったんだ……やっぱりあたし……精霊界の女王になんてなる資格なかったんだ……」

「……あ、よかった……目、覚ましたのですね?」

 落ち込んでいた様子のネレイスにルミナスは声をかけた。その背中には立派な光の羽が生えている。

「あ……天使……?初めて見た……」

「体は大丈夫ですか?」

「うん……それより……ここって天国ってとこ?」

「……ふふふ、違いますよ」

「え……?」

 ネレイスがきょとんとした顔でルミナスを見ていた。

「……ここはフォルティアの湖。ちゃんとしたこの世、あなたは生きているのよ」

「え……でもあたし……大きなトカゲに食べられちゃって……」

「ふふ、ラヴィス様が貴女の悲鳴に気付かなかったら助からなかったでしょうね……」

「……ん、起きたのか」

 まだ困惑しているネレイスの後ろからラヴィスがやってきた。

「……貴方が……あたしを助けてくれたの?」

「……ああ、お前の悲鳴が聞こえた気がしたからな」

「え……あたし悲鳴なんてあげる間も無く……」

 ネレイス自身周りに聞こえるような声で悲鳴をあげた覚えはなかった。自分でも気付かないうちにあげていたのかそれとも……

「……ま、何にせよ人1人無事だったからよかったよかった」

「あ……あの……」

「ん?」

「助けてくれてありがと……」

「何、気にするな」

 こうしてネレイスは偶然にも通りかかっていたラヴィスによって救われその恩を返すという意味も含めて一緒に将軍の下で戦うことになったのであった。そこで数々の経験を積み、精霊界の女王になる者として成長を続けていったのである。










「……そしてあたしはラヴィスたちの力も借りて精霊界再生を成し遂げた……」

「そうですね……」

「それも全部……ノエル様がそうなるように仕組んであったってこと?」

「はい……」

「…………」

 ネレイスも気持ちの整理がついていないのかその後しばらく黙り込んでしまった。そのネレイスに追い討ちをかけるかのようにノエルは続ける。

「……産まれたネレイスさんが捨てられた時にセルシウスが来てくれたのも、その後貴女を拾ってくれた方々を選んだのも……そして偶然近くにいたラヴィスさんに貴女の声の悲鳴を聞かせたのも全部私が仕組んだものです。貴女を精霊界女王にするためにまだ死なせるわけにはいかなかったから……」

「…………」

「貴女の運命は全部私の思惑通りになるように変えさせて頂きました」

「…………」

「……私の思惑通りに貴女は精霊界の救世主として精霊界再生を成し遂げてくれました。……貴女の負の気の呪いが解けなかったのは……私の思惑通りではありませんでしたが」

「……ノエル様」

 次第に自虐するような口調で喋りだしていったノエルにネレイスは重かった口を開けた。

「……もしあたしが何の邪魔も無く生きていけたら……運命を変えることなんてなかったの?」

「……そうですね、本当はそうであって欲しかったのですが……」

「そっか、じゃあ……」

 ノエルの言葉を聞いたネレイスは心なしか表情を緩めた。そして

「……だったらあたしノエル様に感謝しないとね、……ありがと、ノエル様」

 ニコッとしてノエルに感謝の言葉を述べた。

「え……え……?」

 その予想外の言葉に今度はノエルが困惑した。

「……あたしの運命を変えに変えてった結果……あたしはラヴィスに会えたってことでしょ?ラヴィスと出会えた後将軍様たちと一緒に旅した日々すっごい幸せだったんだから……」

「……そう……ですか……」

 ラヴィスと会った以降実はノエルがネレイスの運命を変えることはなくなった。勿論ラヴィスたちが将来協力してくれる存在になってくれるからというのもあったかもしれないが何よりネレイスに降りかかった命の危機をラヴィスや将軍たちが未然に防いでくれていたというのもあった。

「……今だってあたしは幸せだよ。精霊界のみんなのためになれてるし……これからもラヴィスたちと一緒にいられるんだもん。精霊界女王になるようにしてくれなかったらラヴィスたちには会えなかったかもしれない、ラヴィスたちに会えてあたしはとっても幸せなんだから……幸せにしてくれたお礼くらいはしてあげないと」

「……う……ぅぅ……」

 ネレイスの言葉にもうノエルは我慢できなくて涙が溢れてきた。

「……ノエル様も辛かったんだね……」

「……はぃ……」

「……もう苦しまなくていいんだよ、あたしはノエル様のために創られて結果幸せだって感じてる。……だからさ、その恩返しにあたしがノエル様を幸せにしてあげる。……ノエル様に創られた存在として当然のこと……だよね?」

「ネレイスさんっっ……!!」

 ノエルはネレイスに抱きつき憚ることなく涙を流した。そのノエルをネレイスはしっかりと抱きしめて慰めてあげている。

「あはは……なんかノエル様に泣きつかれるなんて変な感じ……」

 その後ノエルは数時間にわたりネレイスに泣きついていた。“創造主”が感じついに克服することのできなかった孤独と苦悩、それから開放されたノエルはネレイスを心の支えとし、ネレイスを創り出した存在としてネレイスを全面サポートする一方で神界を取り仕切るような存在として苦悩する心の負担を和らげてもらう友達のような存在として大事にすることを固く約束するのであった。





精霊界再生編 ~救世主創造~ 完






続きを読む

スポンサーサイト

ブログ開設2周年記念特別SS 精霊界再生編 ~救世主創造~ 後編

「……世杖カドゥケウス……これを使う時が来たのですね……」

 運命の日の前日、ノエルは神界宝物庫にある煌びやかな杖を手にとっていた。これが“創造主”と呼ばれている存在が新たな世界を生み出すのに使っていたとされる“創造主五神具”の1つである。この力を借りればノエルも新しい存在を生み出すことくらいはできる。

「…………フェリアさんからも準備はできたって聞いた……後は……もう……」

 カドゥケウスから感じる強烈な力。これが大仕事をやり遂げる自信にもその先に待つ苦難の道に対する不安にもなっていく。

「……お父様も……ずっとこんなにも辛く苦しい仕事をしていたのでしょうか……」

 “創造主”の重圧がノエルに重くのしかかっていた。その重圧に耐えているかのようにノエルは必死に涙をこらえていた。



 そしてついに運命の日はやってきた。まだ夜明け前の精霊界にノエルは降り立った。本来であればちらほらと姿が見られるはずの精霊たちも今日に限っては全く見られなかった。すでにノエルが工作をしており精霊界宮殿周辺には精霊が立ち入れないようになっていたのである。精霊界女王フェリアを顕界へと逃がすために打てる策はすべて講じてきていた。

「……ノエル様、お待ちしていました」

 事前に用意していた人間の服に着替え終えていたフェリアの手には精霊界の至宝エンジェルティアとエンジェルプライアが握られていた。頭に飾ってあったティアラだけはフェリア失踪後の精霊たちのために少なからず残しておかなければならないと思い置いていくことにした。

「……普通のお洋服もお似合いですよ」

「ふふ、ありがとうございます」

 極力露出を抑えながらも動きやすいように仕立てられた洋服もフェリアは見事に着こなしており傍から見れば魅力的なお姉さん系の人間にしか見えなかった。

「……それでは……いきますよ。覚悟はいいですね?」

「はい、精霊界の繁栄は永きにわたり望まれてきたこと……そのきっかけを作れるのでしたら何でもする覚悟でいたのです……それにもうここまでしてしまったのです、後戻りなんてできませんよ」

「……そうですね」

 ノエルはフェリアの前に光の扉を生み出した。異世界の扉と言われる神界の技術を挙げて生み出された携帯可能な転送装置である。静かに開いたその扉の中にフェリアは迷い無く入っていった。

「座標軸コード入力……転送開始!」

 ノエルがそう言うと扉は一瞬激しく光ると扉が閉まり小さな光の泡となり消えていった。この異世界の扉を使えば精霊界固有の干渉点を使わずに移動できる。さらには念には念を入れ転送先の座標も複雑なコードを施し特定を困難にさせていた。

「…………」

 誰もいない精霊界宮殿前の広場をノエルはそっと後にし神界へと帰っていった。










「フェリア様がおられません!」

「どういうことですか!?」

 精霊界で騒ぎがおき始めたのは日が昇って間もない頃であった。フェリアの身の回りの世話をしていた精霊が宮殿内にフェリアの姿がないことにいち早く気付き騒ぎ立てていたのである。そしてそれがまたたくまに宮殿中に広がり大混乱が起きていた。

「フェリア様だけではありません、至宝の剣と盾もありません……恐らくは持ち出したものと……」

「……まさかあのような世迷言を本当にやったとでも……!?」

「可能性はあります……」

「なんとしてでも連れ戻しなさい!抵抗したならばもはやフェリア様とは言え手を下して構いません!特にエンジェルティアとエンジェルプライアが人間の手に渡ることだけはなんとしてでも阻止するのですよ!」

 混乱した宮殿内を上手くまとめていたのは当時フェリアの補佐を務めることが多かったネールである。彼女もまた衰退する精霊界を憂いていたのだが人間に頼ることについてはかなり慎重であった。

「ネール様、フェリア様の渡航形跡を探しているのですが全くその痕跡がありません……!」

「何故ですか!?人間の世界へと行くには精霊界各地のどこかにある特異点を使ったはずです、そんなもの簡単に特定できるはずではないですか!?」

 当時の精霊界ではまだまだ精霊界と顕界をつなぐ扉は精霊界各地にある特異点だけしかないものだと考えられていた。それを逆手に取った神界の携帯転送装置“異世界の扉”使用は精霊界のかく乱に見事に効果を発揮した。

「どこも“使われていない”のですから分からないのですよ!」

「……履歴を消されたという可能性は!?」

「それもありません!それ以前の記録は全部残っていました、不自然な履歴はありません!」

「……では人間の世界にいる精霊たちから情報を集めなさい!」

「それが……そちらの精霊も混乱していまして……」

 フェリア失踪の話は既に顕界にも拡散しておりそれによる混乱は精霊界以上のものになっていた。勿論これもノエルの工作である。

「……八理守護精霊は何をしてるんですか!?」

「精霊界内の混乱を収めるのに手一杯で……」

「……精霊界の統率は私が取ります、八理守護精霊には顕界の精霊を収拾させなさい!」

 ネールはそう言うとすぐに宮殿内の精霊にてきぱきと指示を出していった。





「……付きましたよ」

 フェリアが降り立ったのはどこかの山奥であった。フェリアの目の前には精霊界で見たことも無い世界が広がっていた。フェリアは着いてすぐにノエルへと連絡を取った。

「それではここからもう5回ほどかく乱のための転送を行います」

「はい、分かりました」

 フェリアの目の前にまた異世界の扉が現れた。そこをフェリアはくぐりまたその先で異世界の扉をくぐり……と続けていき最終的に山の中にある小さな集落近くに転送された。

「……ここですか?」

「はい、あちらの集落に……お相手を用意いたしました」

「どのようなお方ですか?」

「……隠遁している剣の達人です。フェリア様を見て一目で好きになっていただけるものと思いますよ」

 ノエルが言うには年齢は35才程度、若い頃には剣豪としてそこそこ名を馳せていたが30才頃に足を怪我したためその後は山奥の小さな集落で静かに暮らしているのだと言う。赤い髪をした寡黙な男ではあるものの自然と調和した剣の道を追い求めていたことから自然に対する愛情は深い。女性関係の話は一切なかったものの自然の力の象徴である精霊のフェリアであれば恐らく気に入ってくれると考えたのだろう。

「……分かりました」

 フェリアはその集落にそっと踏み込んだ。集落は静かであり人の気配はしないが、しかし確かに家々からは生活の跡が感じられている。さらには各々の家には畑があり様々な作物を育てていた。自給自足に近い生活をしているのだろう。

「……自然と共に生きる者たちの集落……ですね……」

「その集落の一番奥に……!待って下さい!」

 急にノエルの様子が変わった。なにやら焦っているようだ。

「……そんな……もうこの場所を特定されただなんて……」

「自慢ではありませんが……精霊界の情報網は凄いですからね……」

 既に精霊たちは八理守護精霊の統率により顕界の精霊を利用した情報網をいち早く復旧させ早速精霊界女王及び至宝の波動を察知する方法でこの近辺の捜索を開始したようである。

「……まぁ私も精霊たちの情報網を利用した捜索をしてくるだろうことは読めていました。その対策もしっかり用意しています」

「対策ですか……?」

「……私が至宝を2つ持ち込んだ理由……盾の方は囮に使うためなのですから」

 しかしフェリアは非常に落ち着いていた。持ってきていた盾になにやら意識を集中させていくと澄んだ蒼く美しい盾はキラキラと輝いていき力も増しているように思えた。

「……精霊たちは恐らく私の精霊としての力とこの至宝が放つ力、その波動を頼りに探しているはずです。ですので……」

 フェリアは盾を森の奥に向かって放った。盾はまるで意思があるように森の木々を避けるように飛んでいった。

「……私と剣の力を盾に集中させ放棄すれば間違いなくあの盾を追うでしょう」

「……よかったのですか?」

「もともと盾は返すつもりでいましたし……何より私はこれで力を捨てて人に近づけましたから人と接触しても不審に思われることはないでしょう」

「……なるほど」

 フェリアはすぐに集落の一番奥へと向かっていった。質素ではあるものの茅葺の立派な家に他の家よりも少し大きな畑を持ったその家の軒先でノエルが言っていた者と思われる赤い髪の男が先ほど取ったのであろう畑の作物を丁寧に洗っていた。

「……あの方……ですね?」

「はい……」

「では……」

 フェリアはその男性の下へ駆け込んでいった。

「ハァ……ハァ……」

 息を切らせ駆け込んできたフェリアに男も気付いたようだ。

「すみません……私を匿って頂けませんか!?」

「……どうしたんだ?」

 切迫しているような表情のフェリアを見た男は戸惑ったような様子だったがじっとフェリアの顔を見ているような気がした。

「……近くまで私を探している一団が来てるんです、見つかる訳にはいかないのでどうか……!」

「……どんなヤツらだ?」

「……なんと言えばいいんでしょうか……でも人がいるところにはなかなか近寄らないので……」

「……君は一体……」

「……私は……フェリアと言います。しばらくはここから外に出れないかもしれないので……」

「……分かった、落ち着くまでここにいるといい」

「ありがとうございます……!」

 こころなしか男は嬉しそうにしていた。そしてこれでフェリアの第一目標は達成できた。





「報告します!!逃走するフェリア様の反応をようやく捕らえました」

「……ようやくですか」

「……ですが……その反応はフェリア様ではなくフェリア様の力を移した至宝エンジェルプライアで……」

「……つまりまだフェリア様とエンジェルティアは見つかってないのですね?」

「……はい……」

 フェリアを追っていた精霊たちがフェリアの囮工作によって放たれたエンジェルプライアを発見したのは3日ほど経った後のことであった。既に精霊界の混乱も落ち着きネールが女王代行として精霊界を取り仕切っていた。

「……ひとまずエンジェルプライアが回収できたのはよしとしましょう」

「しかしフェリア様を探す手がかりが……フェリア様の気配もエンジェルティアの気配も全く……」

「……人海戦術なら分があります。いくらフェリア様とはいえ人間の世界の精霊全てをまくことなどできないでしょう」

「しかし既に人間と接触していた場合は……」

「その場合は……私が出ましょう」

「分かりました」

 精霊界ではフェリア捜索の包囲網が着々と進んでいった。

「……すみません」

「気にするな、話し相手がいないのは如何せん……な」

「……こんなおいしい料理を振舞っていただけるなんて……」

「気に入ってくれたなら嬉しい」

 一方のフェリアは男の家でしばらく暮らしていた。食事は質素なものであったが新鮮な野菜や狩猟で獲った肉や魚などを使ったおいしいものを毎日並べてくれてフェリアも少々申し訳ない気持ちになっていた。

「……私……いつまでお世話になるのでしょうか……」

「……別にいつまででもいてくれて構わない」

「そんな!いつまでもだなんて……!いつまでも……だなんて……」

 フェリアはちょっと顔を赤くした。今まで一度も顔を赤くするような経験は一切なかったので上手くできているのか正直心配ではあったもののしっかりと伝わっていたようだ。

「……そんなつもりで言った訳では……」

「そ……そうですよね……すみません……」

 ただ男の方もちょっぴりその気があったようでありちゃんと気に入ってもらえてるようだ。

「すみません、お風呂に入らせてもらえますか?」

「あ……分かった」

 フェリアはそそくさと風呂場へと向かった。するすると服を脱いでいきゆっくりと湯船に浸かった。

「……ノエル様、精霊界の動きは大丈夫ですか?」

「……人海戦術でフェリア様の捜索を始めているそうです」

「迂闊に外に出れませんね……私にとって都合がいいかもしれませんが」

「……いい仲になれてますか?」

「はい、すみません……ここまでして頂いて」

「……いえ……私も……勝手に相手を選んでしまって」

「構いませんよ、ノエル様が選んで下さったお方ですし……私も気に入りましたから」

「……そう言ってもらえると助かります……」

 その後もしばらくフェリアは湯船に浸かりながらノエルと今後の段取りについて話を進めていった。





「…………」

 数日後の晩、ノエルは神界の一室にいた。この前日フェリアから連絡があり、正式にお付き合いすることになりさらに明日の晩には抱かれることになったという。……つまりその時に救世主となる存在を創りだして欲しい……ということであった。

「……いよいよ……この時が……」

 ノエルはカドゥケウスを握り締め力を込めた。その瞬間一瞬にして押しつぶされそうなほどの強力な力が部屋全体に広がっていった。

「……っっっっっ!!なんて力なの……」

 初めて新たな存在を創り出すノエルもその力の強さに振り回されていた。

(こんなのを……お父様はいつも……)

 溢れ出る力の奔流に耐えるだけでもかなりの精神力を要している。こんなことを何度もやっていては体が壊れるのは当然である。

「……あぅ……もう……ダメ……」

 ノエルはカドゥケウスに弾かれるようにして手を離したがカドゥケウスはまだしばらくその場に漂い続け強力なエネルギーを放出し続けた。やがて力を放出しきったカドゥケウスは床に転がった。

「……これで…できたの……ですね……」

 部屋に用意された装置にはノエルが新しく創りだした存在のナンバーが記載された。CODE:Noel0001と表記されたその存在はこれからノエルの手によって精霊界の救世主となる存在としてその後の運命を操作されていくこととなる。

「…………それは本当か?」

「……はい、間違いありません……」

「……そうか、よかったな」

「はい、子どももできるだなんて……」

 そしてノエルが新たな存在を産み出して1月ほど経ったある日、フェリアは妊娠していたことを明かした。ノエルが創りだした精霊界の救世主となる存在がフェリアの内に宿っているのである。

(……っっ……負の気が……)

 しかしそれと同時にフェリアにかかっていた負の気の呪いがいよいよ本格的に体を侵食し始めていってることに気付いていた。恐らくはこの子どもを産むまでしか生きられないだろう。

(絶対にこの子を……精霊界の希望を……)

 フェリアは長くはもたないこの体を案じながら残された時間を新しく産まれる命のために今を強く、そして幸せに暮らそうと心に誓っていた。



 やがて時は経ち妊娠から30週近くが経っていた。フェリアのお腹は大きく膨らみ動くにも気を遣うほどにまでなっていたと同時にフェリア自体は大分弱ってきていた。食事をする座敷からはほとんど出ることもなくなり男も心配をし始めてきた。

「……ハァ……ハァ……」

「……大丈夫か?」

「……はい……お腹が大きくなると……きっと皆さんこんな感じになるんでしょう……」

 フェリアはそう言って男が作ってくれたお粥を口にした。男は長く自給自足の生活をしてきただけありとてもおいしくて体も温まる。

「……私は大丈夫です、ですから……畑仕事を頑張って下さい……ね?」

「……分かった」

 そう言って男は外に出て畑仕事を始めた。それを見送ったフェリアにノエルから連絡が入る。

「大変です、精霊界で今女王を代行しているネールという方がもう少ししたらここを訪ねてきそなんです!」

「……感づかれてしまったのでしょうか……」

「……やはり最初にフェリア様の痕跡があったこの周辺が怪しいということになったようです……どうしましょう」

 ノエルも情報が掴めたものの対処ができないようでありかなり慌てていた。

「……私を神界に連れ込むことは……?」

「……フェリア様の体はもうボロボロではないのですか?転送には体に負担が少なからずかかるので危険ですし……お腹の子どもにも何が起きるか……」

「……そうですか……」

「……すまない、少しいいだろうか?」

「!!」

 そこに集落の方からフェリアにとっては聞き覚えのある声がした。自らの下で非常によく働いてくれていたネールの声である。

「……ひとまず身を隠します」

 フェリアは重い体を引きずるようにしてその場から離れた。

「……何だお前は?」

「私はネールと申します。この辺でフェリアという方を見なかったか探している」

 家の前まで来たネールは男にそう声をかけた。

「……知らん。ここは人が寄り付かぬような地。客人など長らく見ていない」

 男もフェリアの“匿って欲しい”という願いを受け当然のようにそう答えた。

「……だが一応家を確認させてもらいます。この集落の者は皆協力してくれた、貴殿にも協力願おう」

「断る。妊婦が中にいるんだ、騒々しくされると気分を害する」

 ネールは“妊婦”という言葉に敏感に反応した。

「……そうですか……」

「……ぐぁ……」

 次の瞬間脇に控えていた精霊が男に掌打を繰り出していた。その不意打ちに男は対応できずに気絶してしまった。

「……人間の反応速度はこんなものか」

 掌打を入れていたのは八理守護精霊のセルシウスであった。今回ネールの副官兼護衛役として付き従っていたのである。

「ではセルシウス、部屋の中をくまなく探し回って下さい」

「了解した、ネール様」

 そしてセルシウスは家の中をくまなく探し始めた。

「…………」

 隠れていたフェリアもだんだんと自分のことを探していると感じ取り息を潜めじっとしていた。しかし足音と物音はどんどん大きくなっている。

「…………」

 そしてついにフェリアが隠れた扉が開けられてしまった。

「…………!!」

「……ここにいたのか」

「お願いです、セルシウス……見逃して下さい……!」

 フェリアはもう半分諦めがつき、覚悟を決めていたが覗き込んだ顔がセルシウスだということが分かると小声でそう懇願した。

「…………」

 セルシウスはまず大きく膨らんだフェリアのお腹を見てその後フェリアの顔を見る。かつて仕えていた主君が泣きながら懇願する様子は見るに耐えないものであった。そしてその体も負の気でボロボロだということも見て取れた。

「……すまない、邪魔をしたな」

 セルシウスはフェリアび背を向けそっとその場を立ち去ろうとした。

「……!セルシウス……」

「……私が見たのはただの人間だ。精霊が人間とこんなにも簡単に子ができるはずはない」

 ゆっくりと去っていくセルシウスは最後に一度立ち止まりフェリアの方を振り返った。

「……さらばだ……フェリア様」

「…………っっ」

 在任期間中一度も見せなかった涙をセルシウスは流していた。その涙をぬぐいセルシウスは外へと出て行った。

「……ネール様、隅々まで調べましたがフェリア様はいらっしゃいませんでした」

「妊婦はいたのですか?」

「はい、綺麗な女性でした……だがフェリア様ではありません。第一人間と精霊との間に子どもを作ることなど不可能に近い……フェリア様とは言えそう簡単に妊娠などするはずはないでしょう……」

「そうですね……他を当たりましょう」

 そういうとネールとセルシウスはその場を立ち去っていった。

「……う……く……」

 男が意識を取り戻したのはネールたちが立ち去ってから30分ほど経った後であった。

「……フェリアは!?」

 そして何があったのかを思い出し男はすぐさま部屋の中に入っていった。フェリアの姿は座敷にはいない。

「どこだ……!?」

 男は顔を蒼くしてフェリアを探し回った。すると寝室の方からすすり泣く声が聞こえてきた。

「フェリア!」

 男はフェリアを見つけると妊婦だという事も忘れて思いっきり抱きしめた。

「……うぅ……」

「!すまない……大丈夫か!?怖かったか!?」

「……はい……」

 フェリアの涙は恐怖によるものではなくセルシウスが見逃してくれたこと、そしてもうフェリアが長くないことを悟った別れの言葉……これらによるものであった。

「……よかった……無事で……」

「はい……よかったです……」

 その日男はその後一時もフェリアの傍を離れることはなかった。



























(一部少々グロい表現になっているかもしれません……)
































「……うぅぅ……うぅぅぅぅ……!!」

「フェリア、やめてくれ!」

 セルシウスにも救ってもらいついにこの時がやってきた。ある日の晩フェリアが急に苦しみだすと一晩中苦しそうでつらそうなうめき声をあげていた。精霊界の救世主となる存在が産まれる瞬間はもうそこまでやってきていた。しかしそのフェリアの様子は普通の妊婦さんとは全く異なっていた。体は黒ずみところどころ朽ちてしまっているのではないかというほど酷い有様だったのである。流石の男もこの異様な光景を目にし止めようとはしたもののフェリアはやめる気配がない。

「フェリア!君が死んじゃったら何にもならない……!」

「……いいの……私……このため……に……」

 フェリアはこの子どもを産むことだけを考えてこれまで過ごしてきた。負の気の呪いに体を蝕まれながらもここまで守り通してきた“精霊界の救世主”となる新たな命を産み落とせば自分の役目は終わる。

「君が死ぬくらいなら子どもなんていらない!」

「……お願い……この子は……絶対……産まなければ……私が死んでも……産まなければ……」

 フェリアの朽ちかけたお腹を突き破るようにして赤子の頭が飛び出してきた。それに伴いフェリアが大量に出血をする。

「……!!」

「……精霊界……の……」

「フェリアっ!!」」

 フェリアは最後の力を振り絞り赤子を押し出した。フェリアの赤黒い血にまみれてはいたがしっかりとその子は産み落とされ、産声をあげた。精霊界の救世主となる存在……ネレイスが産まれた瞬間である。


(完結編に続く)



ブログ開設2周年記念特別SS 精霊界再生編 ~救世主創造~ 前編



「……それ……どういうこと?」



 ネレイスはノエルの言葉の意味をはっきりととらえられないままでいた。

「……何と言えばいいんでしょうか……私は“創造主の娘”にあたる存在であるのは知ってますよね?」

「……うん」

「……その力を持ってして創りだした……精霊界の救世主になってもらうためだけの存在、それが貴女なんですよ」

「…………」

 ネレイスも次第にどういうことかわかり始めて来たようだ。ただ呆然としたような表情のままうつむいてしまった。

「……貴女にとっても私にとっても……これは非常につらいお話です。ですけど……この話をしなければ……私は……もうこれ以上貴女に顔向けできない……そう思ったのです……」

 そう言うとノエルはネレイスの額にそっと手を触れた。

「……全てをお話します……これが……貴女の真実です……」

 ノエルの手には光が集まりネレイスとノエルを包み込んでいった。















――――これはノエルがネレイスに見せた真実のお話である
























「……精…界ヲ…定…ト導ク者……ミ出セ……」

























 その声はある日突然聞こえてきました。どれほど昔のことだったのかは分かりません。でも記憶の彼方にかすかに残っていた声とよく似ていた気がしました。まだまだ私が幼かったあの頃……泣いてばかりの私をその逞しい腕で優しく包み込んでくれたその人は当時どんな仕事をしているのかさっぱり見当もつきませんでした。何度か仕事をしている場面を見たことはありましたが膨大な量の力を使って何かをしているということだけしか分かりませんでした。でもその仕事のせいでその人は私がまだ大人になる前に消えてなくなるかのように姿を消してしまいその時はとっても悲しかったことを今でもよく覚えている気がします……。
 それから再び長い年月が経ち私もめでたく成人を迎えました。その時になってようやくあの人が……そして自分が何者であったのかが分かるようになってきました。膨大な量の力を使っていたあの仕事は……新たな存在を……そして新たな世界を創り出していたのでしょう……。そのような仕事ができるのはただ1人、“創造主”と呼ばれているあらゆる存在を創り出してきた絶対的存在しか考えられない……そして私はその“創造主”と呼ばれている存在のいわば“娘”にあたる存在だったのだと……。“創造主”がいなくなったことで私達の暮らしている“神界”という場所の権威はどんどん落ちていました。“創造主”の“弟”にあたる存在も世界各地を渡り歩くうちに姿をくらましてしまい“娘”にあたる私への期待は高まるばかりでしたが……私にはとてもではありませんが新たな存在を創る覚悟はありませんでしたから……。そんな中聞こえたあの声は……“創造主”からの叱りの声に聞こえて……しばらくは思い悩む日々が続いたのです……。

























「……ノエル様?」

「……え?あ……ごめんなさい……」

 侍女の声でようやく我にかえった。綺麗に整理された自分の部屋の椅子に腰掛けたままただただぽかーんとしていただけのようである。そして大きなため息をつく。

「……大丈夫ですか、ノエル様。最近なにやらお悩みのようですが……」

「……大丈夫よ」

「嘘言わないで下さい」

「…………」

 侍女が叱り付けるように言った。ノエルの侍女は常にその顔を厳重に布で隠しており素顔が見えないようにしている。目も隠してしまっているが既に視力を失っているらしく聴覚とかすかに感じる魔力により物の位置や人を判断しているという。彼女がノエルの侍女になった経緯ははっきりしていないがノエルは彼女のことを信頼しておりいつも近くに置いて共に過ごしてきた現在神界一ノエルのことをよく理解している存在である。

「……ノエル様、なにかあったのですか?」

 侍女の顔は見えないが心配してくれている気持ちはよく伝わった。

「……プリローダ、私……声を聞いた気がするの」

 最初はためらう様子を見せていたがノエルはついに話しだした。

「声……ですか?」

「そう……多分私の……お父様の声で“精霊界を安定へと導く者を産みだせ”と……」

「……精霊界を……ですか」

 ノエルの侍女――プリローダも精霊界出身の精霊であるらしい。精霊界は負の気の呪いに包まれ多くの精霊が消滅し衰退を続けていた。プリローダはその時代を何とか生き延びて神界にやってきたようであり、精霊界の現状にかなり心を痛めている一人でもあった。

「……でも……私は……私にはとてもそんなこと……」

「……ノエル様には確かにお力はあります……ですが……覚悟がないと?」

「……その存在の運命を私が握ることになる……望ましくなければ変えてしまうことだって……」

「…………」

「……本来“自由に生きる”べき命を操作するだなんて……」

 ノエルは“創造主”が同じことで苦心していたのをよく知っていた。自らの意のままに動く存在はもはや人形でしかない。その人形たちが自らの存在意義や歩んできた道のりが全て創りだした創造主のためにあったことを知った瞬間口に出す言葉は憤怒の感情に溢れたものとなる。実際にノエルは“創造主”が“人の運命勝手に決めるんじゃない”と何度も言われてきた場面を何度も目にしてきた。そのためノエルも自らが運命を左右させることになる新たな存在の創造にはかなり抵抗があった。

「しかしいつまでも精霊界の現状を見て見ぬふりをし続けるわけにはいきませんよ。……世界の安定のために力を尽くすのが神界の役割でしたよね?……今こそその役割を果たす時ではないのですか?」

 しかしそれでもプリローダはきっぱりとそう言い放った。ノエルに対しても物怖じせず意見を言う辺りはノエルに付き従う侍女としては立派であるがそれがノエルの気持ちに沿ったものかと言われればそうでないことの方が多い。ノエルにとっては頼もしくもある反面心労の元となっている。

「……分かりました。少し精霊界へ行ってきます……精霊界の現状をこの目で見てきてまず協力を得られるか交渉をしてきましょう……」

「お気をつけて。あまりノエル様が神界の重要人物であることを知られてはいけませんよ」

「……行ってきます」

 ノエルはそう言うとてきぱきと支度を済ませ精霊界へと向かった。





「ここが精霊界……ですか……」

 精霊界は蒼を基調とした非常に幻想的な空間が特徴の中枢区とその周囲八方に地、水、火、風、氷、雷、光、闇の八理を司る精霊たちが治める管轄区で構成されている。そのうちの中枢区に降り立ったノエルはひとまず辺りを見回してみた。ちらほら精霊の姿はあり、ノエルのことを不思議そうな目で見つめていたがあまり元気な様子ではなかった。ノエルもこの場に漂う負の気の強さを感じておりやはりこの負の気が精霊たちを苦しめているのだろう。そんな精霊たちを背にしてノエルは精霊界宮殿へと向かった。
 透き通った蒼いガラスのような質感をした宮殿は神界のものよりは一回りほど小さかったが造りは立派でありほのかに薄暗い空間の中でうっすら明るく輝く姿はとても幻想的で美しく見える。宮殿前には広々とした広場が設けられておりその広場を見渡せるように造られたのであろう宮殿のテラスは広場からもテラスに出た者を見やすいように工夫がされており、ここから精霊界女王が姿を現し精霊たちの声に答えたりしているのだろう。

「そうそう精霊界女王に会えるとは思いませんが……行ってみましょう」

 ノエルは宮殿内へと足を踏み入れた。すぐに受付嬢と思われる精霊がやってくる。

「すみません……精霊界女王にお会いしたいのですが……」

「フェリア様との会談ですね?……お時間を確認しますので少々お待ち下さい」

 受付嬢の精霊はそう言うとすぐに奥へと入っていった。案外簡単に取り次いでもらえたことにノエルは驚きつつもうまくいかなかった時のことを想定し様々な方策をめぐらせていた。

「……お待たせしました。1時間ほどであればお時間があるそうなので今からご案内します」

 しかし帰ってきた受付嬢はあっさりとフェリアとの会談許可を出してくれ執務室へと案内をしてくれた。ノエルは簡単に精霊界女王との会談までこぎつけたことに正直あっけに取られたところもあったが上手いこと精霊界女王の協力を取り付けるチャンスがやってきたことに一層気を引き締めた。

「……こちらです。それではごゆっくりどうぞ……」

 受付嬢はノエルを部屋に案内するとすぐに持ち場へと帰っていってしまった。残されたノエルは一度大きく深呼吸をしてそれから執務室のドアをノックした。

「どうぞ、お入り下さい」

「失礼します……」

 ノエルはゆっくりと執務室の中へと入っていった。中はそこそこの広さがあり蒼いガラスのようなもので作られた調度品は綺麗に整理整頓されていた。そして執務室の奥にあった椅子に精霊界女王フェリアが腰掛けていた。幻想的で美しい衣装に身を包んだフェリアはまさに精霊界を統べるに相応しいオーラを放っていた。艶のある紫の髪とエメラルドグリーンの瞳は人間よりもほのかに薄く白い肌とあいまって非常に美しく体つきも人間の女性に非常に似通っており、初めて会ったノエルも精霊と言われてもまだ信じられないほど自分と変わらないくらい非常に人間に似通った容姿をしていた。

「貴女が精霊界女王……」

「はい、精霊界の8代女王フェリアと申します。……神界のノエル様」

「……!!なぜ私のことを……!?」

 ノエルはフェリアのその一言で動揺していた。自分のことは一切伝えていなかったはずだったのだがその口ぶりは早々にも自分が神界の者であり“様”付けで呼ぶほどの身分であることも分かっていたようである。

「ふふ……精霊界の情報網をなめてはいけないということですよ……」

 フェリアはそう言うと自分でお茶を淹れノエルに差し出した。

「……ありがとうございます」

「……ノエル様ともあろうお方がお忍びで精霊界へやってきた目的は……いよいよこの精霊界を立て直そうと決めたわけですね……?」

「……はい、そういうことですが……本当にどこから……もしかしてプリローダが?」

 あまりの話の早さにノエルはついていけていなかった。ノエルはまず精霊界出身だというプリローダが情報をこっそり流していたものだと考えていた。

「いいえ、私は独自に別の情報網を持っています……それを使えば神界のことなんてすぐに分かりますから」

 しかしフェリアの様子からプリローダが流していたものではなかった。第一自分から“あまりノエルが神界の重要人物であることを知られないように”と言っていたのにそれをほいほいと漏らすようなことはしないだろう。

「……まぁそれはおいておき……私はこの精霊界が負の気の呪いから開放されるためにあらゆる面で協力をしていく所存ですよ」

「……話が早くて助かります……」

 会ってからものの数分で精霊界女王の協力を得ることができた。ノエルは未だにここまであっさりといけたことに気持ちがおいついていないままであった。

「……では私は具体的に何をすればいいのでしょうか?」

「え……えっと……ですね……私……“精霊界を安定に導く者を生み出せ”……というお告げを聞きまして……」

 ノエルはひとまずこれまでのいきさつを簡単に話した。

「…………」

「……えっと……こんな感じ……です」

「……大体は分かりました。……やはり……私の考えは正しかったのですね」

「……え?」

 そう簡単には理解できないような突拍子もない話をちゃんと理解してくれたフェリアはその後に続けてこう言った。

「……これまではほとんどできなかった精霊の因子を持った人間。それが負の気の呪いを解くのには必要なのでしょう」

「……精霊の因子を持った人間……?」

「……貴女は精霊界に来て精霊たちを既に見ていますよね?」

「……はい、なんだか具合悪そうでした」

 ノエルはこちらを見ていた精霊たちの様子を思い出す。

「……貴女は大丈夫ですよね?」

「はい……負の気がこころなしか強いとは感じますが気分が悪くなるほどまでではありませんね……」

「人間は精霊より負の気に対する耐性は強いです……今までの精霊界女王では負の気の呪いを解く前に消滅をしてしまうでしょう……でも人間の因子を持っていれば負の気に対していくらか耐性がつき呪いを解ける可能性も上がるでしょう……」

「…………」

「……しかし人間と精霊の間で子どもが産まれることは滅多にありません……第一精霊の中には今だに人間を毛嫌いしている者もいます……そして仮に子どもができたとしても大概子どもを産んだ精霊は精霊としての力を失います……」

 フェリアがそこまで言ったところでノエルは自分がどうするべきなのかが分かってきたようだ。フェリアのその言葉に続いてノエルはこう言った。

「……私の力を使って精霊と人間の間に子どもを作る……そういうことですね」

「はい、もっと言えば“私の”子どもですね」

「え!?貴女自らが母親になるんですか!?」

「当然ですよ……精霊界がかつてのような姿に戻すために命を捧げると約束しましたから」

「…………」

 フェリアのその表情からは揺るぎの無い決意が見て取れた。ノエルは正直仕方無しに精霊界に来ていた節があった。救世主を創造するということに対してもまだまだ気持ちの整理をつけていなかった。自らの命を犠牲にしても精霊界を救いたいという強い想いと覚悟を持っていたフェリアに対し生半可な気持ちでいた自分が情けなくて仕方ない気持ちになった。

「前々から私は“精霊界の未来を人に託そう”と言ってきたのですが当然いい反応は得られず……でもノエル様が後押しをしてくれるのでしたら……反対を押し切ってでもやり遂げられそうです」

「……すみません、今日は貴女に協力をお願いしに来ただけで……まだ具体的な方法は考えていないのです……どのような形で貴女に協力をお願いするかはまた後日でいいですか?」

 ノエルはいよいよ耐えられなくなったようでありフェリアの話を遮るような形で今日の会談を打ち切ろうとした。

「……あ、すみません……では今日はこれくらいにしましょう。少し余った時間は次の公務への準備時間とします。ありがとうございました……」

「……はい……精霊界女王フェリア様、精霊界再生に向けて協力していただけること感謝します」

 お互いに丁寧にお辞儀をするとノエルは執務室を後にした。宮殿を後にする際に受付嬢の精霊にも丁寧にお辞儀をして外に出たノエルの顔は暗かった。

(……私……何をしていたのでしょうか……フェリア様があそこまでの覚悟を持っているというのに……)

 フェリアの気持ちの強さと比べて自分の気持ちはとことん弱いということを思い知らされた。神界と精霊界ではかかる重圧は当然違うであろう。しかしそれを差し引いてもフェリアの気持ちの強さは群を抜いていた。

(あれほどの気持ちがあれば私も……)

 辺りを見回し誰もいないことを確認したノエルは大きなため息をつき、それから神界へと帰っていった。





「……お待ちしていましたよ、ノエル様」

「……先日はすみませんでした……私の未熟さを思い知ってしまって……」

 ノエルがフェリアの下を訪れたのは1週間ほど後のことであった。それくらいノエルが気持ちの整理をつけるのに必要だったのである。しかし長い時間をかけただけありノエルもしっかりと気持ちの整理をつけることができたのだった。

「……しっかりと計画を立ててきました。こちらの準備が必要なのでまだまだ先になりそうですが……」

「……その間に一応私のほうも八理守護精霊との協議をしておきます。……恐らくは通らないでしょうけど」

「では……こういうやり方で行きたいと思います……」

 そう言ってノエルは精霊界の救世主を生み出すまでの手はずを教えていった。

「……神界の力をもってすればそんなこともできるのですね……」

「はい……私も覚悟を決めましたから。総力をもって精霊界再生のために手をつくそうと」

「……私がすることなんてほとんどないじゃないですか……」

「……そんなことありませんよ……精霊界を抜け出し顕界へと行き……そこで子を成さなくてはいけないのですから」

「その補助を全部やって下さるではないですか。私はただその補助に従いやるだけですよ」

「……そう……かもしれませんね……」

 フェリアのその言葉を聞いたノエルは一瞬表情を曇らせた。フェリアを人形のように操って自分の思い描いたとおりに利用しているだけではないのかと。ノエルが創造主の力を持つがゆえに抱き続けてきた負い目、それをどうしても感じてしまう。

(……でもフェリア様はそれをよしとしてくれている……)

 フェリアも利用されているという印象はあるのだろう。それでも精霊界のためになりたいという強い想いに突き動かされている彼女だったら……

「……ノエル様?」

 少し深刻そうな顔をしていたのだろう。ノエルのことをフェリアが心配そうな顔をして見ていた。何度見ても美しいフェリアのその姿はノエルの胸に知らないうちに深く刻み込まれていた。

「……すみません……では一番大事なフェリア様のお相手となる人間の方を探してきますので今回はこれで……」

「分かりました……」

 2回目の会談を済ませたノエルは顕界へと向かった。





「……すみません、急に呼び出してしまって」

 それからまた2週間ほど経ったある日、フェリアは精霊界女王を支える八理守護精霊を召集していた。というのもこの前日、ノエルから諸々の手筈が完了したとの連絡を受けていたのだった。近日中にも実行をしたいという話になりいよいよ八理守護精霊たちに意見を聞くときがやってきたのである。勿論ここでどんな意見が出ようとフェリアはやめるつもりはない。それでもここまで自分を支えてきてくれた大事な臣下たちの想いだけはしっかりと受け止めておきたかった。

「……精霊界が負の気の呪いに包まれて久しいですが……私は女王として精霊界のために何もしてあげられてないことを悔しく思います……」

「フェリア様……そのようなことは……」

 今の八理守護精霊たちは6代女王からずっと仕え続けてくれている。特に水のエメローネと風のシルフは初代から仕え続けてくれておりこの2名の意見はフェリアにとって大きな支えになってくれていた面もある。

「……もういつこの体が滅ぶかも分かりません……その前に……皆さんに聞いておきたいのです」

「なんでしょうか?」

「……精霊界を救うにはもう人の手を借りるしかないと思っています」

 フェリアのその言葉を聞いた八理守護精霊の反応はフェリアが思っていたほど大きくはなかった。

「……精霊界の民にはまだまだ人間に対して悪い印象を持っている者も多いのは重々承知しています……しかし天界の皆様の支援もあってなんとかここまでやっていけているのも事実です……」

「……精霊界の至宝とされているものもみな天界から贈られたもでもありますしね……」

「……それ故に精霊である私では上手く扱えていないようにも思えます……」

 精霊は基本自然の力を使って外敵に立ち向かうことから武具を扱うことは普通無い。また様々な姿形をしていることからそもそも武具を扱えない者だっている。そんな精霊たちに天界が与えた精霊界を統べるものが持つ至宝、それが剣、盾、ティアラの3つである。歴代女王のほぼ全員がティアラは別として剣と盾はもはや飾り程度の存在でしかなかった。フェリアは負の気に対しての耐性はそこそこあったものの体はあまり丈夫とは言えず、剣や盾を掲げて戦うことはできなかった。

「……ですので……自然に愛された人間に……精霊界の行く末を託したいのです……」

「フェリア様……」

 八理守護精霊たちは各々深刻な表情で考え込んでいた。

「……私を……精霊界を支えてきた皆さんの意見を聞かせて下さい……。勿論反対なら反対ときっぱり言って下さって構いませんので……お願いします……」

「……私はいいと思いますよ」

 まず意見を述べたのが古参の水の精霊エメローネであった。

「私たちウンディーネ族は古来から人間と共存して過ごしてきました……その関係も非常に良好です……これからの精霊界を担う存在として人の手が入ることは良いことだと思います」

 エメローネが長を務める水の精霊一派ウンディーネ族は精霊界の中でも親人間派で有名であった。当然エメローネの賛成はフェリアも予測できていたことである。

「……私個人としても私達精霊では至宝は“力の象徴”としてだけでしかなく“力”とはなりえないでしょう……しかし妹たちはかつて人間に幾度と無く迫害を受けてきました……ですので風の精霊という立場からは賛成できません……」

 次に意見を述べたのはやはり古参の風の精霊シルフであった。シルフは三姉妹の精霊であったが次女と三女は八理守護精霊となる前に人間からの迫害を受け次女は人間を嫌い三女は心に傷を負い塞ぎこんでしまった。その事情を考えれば反対するのも無理はないとフェリアも考えていた。

「……もし人間が我が主となるのならば求むは力ある者のみ……我を屈服できぬ者は主になれぬし精霊界も救えぬ」

 その次は火の精霊イフリート。精霊の中でも武闘派の彼を認めさせるのにはフェリアもなかなかに手を焼いた。しかし力さえあれば頼もしいばかりの忠義を尽くしてくれるのも事実である。彼の主は精霊であろうと人間であろうと問題ないであろうことはフェリアもしっかりと理解をしていた。

「……オイラは別に何だっていいよ……フェリア様が選ぶんだったら間違いはないんだろうし」

 やる気なさげに言った地の精霊一族の代表ノームは普段のやる気のなさとは裏腹にやるときはやってくれることからフェリアも信頼を置いている。ただあまりこの手には興味はなさそうだというのもフェリアには分かりきっていたことである。

「…………」

 その次は雷の精霊ヴォルテック。彼は発声器官が違うため意思疎通は大変であるのだが精霊界女王であるフェリアともなればしっかりと理解できる。その内容は“主が人間になれば我との意思疎通も困難になるので八理守護精霊を降りなければならないだろう”というものであった。ただ数の少ない雷の精霊の中でも特に力があったヴォルテックが八理守護精霊に就いてから雷の精霊方面は比較的安定をしていた。ヴォルテックに代わって雷の八理守護精霊を務められる存在がいないことはフェリアも少々心配していたが精霊界を救うような存在であれば意思疎通の問題も難なく解決できるだろうという期待も持っていた。

「……人間に精霊界を治めることなど到底不可能だ。私はそのような主は絶対に認めない。……だがもし仮に精霊と人間の間に素質ある子が産まれるようなことがあれば……」

 一番厳しい意見を述べたのが氷の八理守護精霊を務めていたセルシウスであった。人間を嫌い見下す節がある彼女はかつて自分を屈服させた人間と契約をしたがその人間がことごとく彼女を御し切れなかったのである。結局先々代の精霊界女王に八理守護精霊として精霊の元につくことにしたのである。フェリアも厳しい意見を言われることは想定していたがフェリアの子どもであれば何とか認めてもらえるかもしれないだろう。そこはフェリアもホッとした。

「……私は意見を言える立場ではありません……」

「……女王ノ決定ガ全テ……我ハ主ヲ信頼シテイル。主ノ見定メタ新タナ主ナラ大丈夫ダ」

 残る光のルナと闇のシャドウも大きな反対もない意見であった。

「……皆さん……」

 予測はそれなりにできていたがそれでも多くの八理守護精霊が理解をしてくれていたのは嬉しかった反面辛くもあった。精霊界の重要な未来を自分一人で勝手に話を進めてしまったこと。信頼に背く行為にならないのか……。そう思うとフェリアも自然と涙が出てきた。

「……私は……」

「……全てはフェリア様が決めること。私達は精霊界に仕えている訳ではない、フェリア様個人に仕えているのだ。その選択が精霊界の将来を想ったフェリア様の決定であれば……我々は従う」

「……すみません……みなさんっ……こんな私に……」

 そのフェリアの気持ちを察したのか最後にセルシウスがそう言ってくれた。八理守護精霊はもうフェリアが精霊界を人間に託すという決定を下していたことを分かっていたのだった。

「……私たちはフェリア様に仕えられたことを誇りに思います。ですので……どうか……精霊界を救って下さる方を……見つけて下さい……」

「……はい……8代女王フェリアの名に誓って……!」

 有能な臣下たちを前にフェリアは憚ることなく涙を流した。精霊たちのためにも、そしてこうして支えてくれた臣下のためにも必ず精霊界を救う存在となる娘を産むことを心の中で固く誓ったのだった。


(後編に続く)





ブログ開設2周年記念特別SS 精霊界再生編 ~精霊界再生~ 完結編

 最後の日の朝がやってきた。ミントは寝ることも無くずっとネレイスを見ていたがその後魔界の干渉やネレイスの容態変化は見られなかった。


「……ありがとうございました、ミントさん」

「いえ……これくらいどうということありませんよ」

 寝起きで少し髪の毛が跳ねているノエルは髪を櫛でとかしながら装置を確認した。今もネレイスはぐっすりと眠っており装置内の負の気濃度も想定内におさまっていた。

「邪魔するぜ……っと、お客さんか」

「……ひぃぃ!!その気配は死神じゃないですかぁぁ!!」

 部屋に入ってきたファラの気配をいち早く感じ取ったミントはガタガタと振震え始めた。霊体のミントにとって死神といった存在は天敵のようなものらしい。

「……安心しろ、オレはアンタには手を出さん。それより昨晩大丈夫だったか?」

「はい……そちらのミントさんが魔界側の干渉点を持ち込んできてくれたので……」

 ノエルはミントの方を見るがミントは部屋の隅で小さくなりガタガタ震えたままだった。

「……って魔界の情報を持ってきてくれたのは貴方ではないのですか?」

 その様子を見てノエルは気付いた。ミントがファラの気配だけでここまで震え上がるような反応を示すのであれば魔界の情報を受け取ることなどできないであろう。

「……ん?いつのことだ?」

 ファラのほうもやはり何のことかわからない風な反応を見せた。

「ミントさんが昨晩ここに来たのは11時ですから……それ以前に冥界で……」

「……その頃オレは将軍のとこにいたからな、それに第一オレは冥界には一度も行ったことねぇぞ」

 そう言ったところでファラはラヴィスの方を向いた。最初は壁によりかかり寝ていたのであろうが寝ているうちに倒れて今は床で直に寝てしまっているラヴィスの姿からは昨晩の魔界の妨害の激しさが感じられるような気がした。

「……ラヴィスはまだ寝てるのか」

「はい……昨晩も大分頑張っていましたので……」

「ラヴィスが起きたらオレから話があるって伝えてくれ、そうだな……できれば昼前にここの隣の部屋で」

「はい、分かりました……」

 ノエルにその意図はイマイチ伝わっていなかったようだがその伝言を受けとった。そして伝言を残したファラはすぐに部屋を出て行ってしまった。

「……何かあったのでしょうか……」

 ファラの様子に疑問を抱きつつもノエルは装置内のネレイスに視線を戻した。その途中一瞬部屋の隅にいたミントの姿が映ったがファラが出て行った今もなお小さくなり震えたままであった。

「……ミントさん、ファラさんは帰りましたよ」

 そう言ってミントの肩にぽすっと手を置いた。手が置けた。

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 霊体のミントに手が置けることは普通無いはずである。周囲を見る余裕のなかったミントはノエルに触られたと分からずに盛大に悲鳴をあげた。その声に気付いた精霊たちが一斉に集まってくる。

「……あ……すみません……お騒がせしました……」

 精霊たちが集まってきたことでようやく落ち着きを取り戻したミントは状況をすぐに把握して恥ずかしげにそう言った。

「……すみません、私も迂闊でした……」

 ネレイスの容態に問題ないことが分かって精霊たちは安心したように帰っていった。

「……私……冥界に帰ります……また何かあったら呼んでください……」

「あ……はい……わかりました、ありがとうございます……」

 ミントはスーッと消えていくようにいなくなった。

「……あ……ノエル様、おはよ……」

 先のミントの悲鳴でネレイスも起きてしまったようだ。ややだるそうな声ではあったがまだまだ元気そうだ。

「……今日で……ようやく終わるんだね……」

「はい……ここまでよく頑張ってくれました……」

「……長かったなぁ……」

「……まだ気は抜けませんよ」

「……うん、お願いねノエル様」

「お任せ下さい……」

 そんな中ネレイスのいる収束装置の脇に寝転がる形になっていたラヴィスだけは先のミントの悲鳴でも起きることはなかった。



 ノエルが歌う“正”の歌の中ラヴィスがようやく目を覚ましたのは昼のちょっと前であった。それほどまでにノエルの歌う“正”の歌が作り出す空間は心地いいものなのだろう。

「……ん……よく寝たな……」

「……ようやくお目覚めですか?」

「あぁ……ノエル様の歌が作り出す空間は本当に気持ちが楽になる」

 ラヴィスは大きな伸びをした。昨日の疲れもすっきり取れたようですぐにネレイスの様子を確認した。

「……エヘヘ……ラヴィスよく寝てたね……」

 非常に気だるそうな様子のままであったがニコッとしてネレイスはそう言った。

「……まぁな……あと1日か」

「うん……」

 しかし相当無理をしてきた影響かネレイスは目をゆっくりと閉じるとそのまま何も言わずに眠りについてしまった。

「もうネレイスさんも限界に近いです……早く楽にしてあげたいですね……」

「そうだな……精霊たちも心配しているだろう」

「……あ、そうでした。ファラさんが貴方にお話があると言ってました。隣の部屋にいらっしゃるそうです」

 ネレイスの方を見ていたノエルが思い出したかのように突然そう言った。

「ファラか……昨晩のことか?」

「恐らくは……」

「……そうか……ではネレイスをお願いします」

 ラヴィスは最後にもう一度ネレイスの方を向いたがやはり反応はなかった。ラヴィスはノエルにネレイスのことを任せ部屋をあとにしていった。



「ファラ、話があるそうだな」

「随分待たせやがって……まぁ時間内だしいいや。ああ、話があるよ……お前はミントに魔界の干渉点を教えたヤツに心当たりあるか?」

 隣の部屋でファラはかなり退屈そうにして待っていた。そして単刀直入にそう聞いた。

「……ああ、恐らくはバレンシアだ」

「あいつか……」

 バレンシアの名を聞いたファラは考え込む。

「ファラ、バレンシアって何者なんだ?」

「オレだってよく知らねぇよ……ただアイツはオレよりはるかに長く生きてて……同じ魔界十二使徒の“叡智のグレモル”ってヤツを兄貴に持ってる」

「叡智のグレモル?」

「……第二使徒……男性体の魔界十二使徒の頂点にいるヤツだ。現魔界王のブレーンとも言える」

「……分からんな……」

 しばらくファラは考え込んでいたが急に立ち上がった。

「……仕方ねぇ、ちょいと魔界行って探ってくるわ」

 そう言ってファラは体を動かしだす。

「まぁ気をつけてこいよ」

「心配ありがとさん、夕方には帰ってくるよ。じゃあな」

 ファラはもやに包まれて消えた。



「ふぃ……」

 夕方になり同じ部屋にファラは帰ってきた。

「ファラか、おかえり」

 その部屋にラヴィスもいた。コーヒーカップ片手にやけにのんびりとした様子だった。

「……余裕そうだな」

「そんなことはないさ」

「まぁいいや、魔界の様子を見てきた」

「どうだった?」

 ファラは少し困ったような表情をしていた。

「……まずは朗報からだ。お前ら魔界の負の気を送り返したんだってな、返された負の気の照射が魔界側の干渉点で指揮してた第六、第九使徒が揃って負傷した。魔界側にもそれなりのダメージを与えられてたようだ」

「なるほど、バレンシアについては?」

「……さっぱり。こっちに情報を流しているようには到底見えなかったな」

「そうか……」

「……むしろここを襲撃しろって案まで出してたようだぜ。……襲撃されたらやばかったんじゃないか?」

「ああ、あの状態でここを襲撃されたら多分守りきれなかったかもしれん」

「そうか……で、悲報だ。もう時間がないと見た魔界がまた直接仕掛けてくる」

「……そうか……」

 ラヴィスは多少予測できていたような感じでそう言った。

「……ちょっとリスキーだがオレも協力しないといけないかもしれん」

「そんなにか……」

「……ああ、それくらい大規模に攻めてくるかもしれん。気をつけろよ」

「分かった、覚悟はしておこう」

 ラヴィスは最後の日の夜を前に気を引き締めた。その直後だった。

「ラヴィスさん!ネレイスさんの意識が全然回復しません!!」

 ノエルが大慌てで部屋の中へ入ってきた。

「!?寝てるのとは違うのか!?」

「はい……息してません!」

 ラヴィスはすぐにネレイスのもとへ向かった。ノエルとファラもそのあとに続いた。

「おい、ネレイス!!」

 ラヴィスが声を掛けるが装置内のネレイスはぐったりとしたままピクリとも反応しない。

「……どういうことだ?」

「……体が負の気に耐えられなかったかもしれません……魔界の負の気もかなり受けてしまいましたし……」

 そしてこの非常事態に追い討ちをかけるかのようにルミナスから通信が入った。

「ラヴィス様!!魔界からの干渉を確認しました!!」

「……こんな時に……」

「ルミナス、数は分かるか!?」

「……多くはないです……一瞬で2つの反応が……」

 ルミナスがそんなことを言った瞬間に精霊界宮殿内の緊急警報装置が作動した。けたたましい警告音が宮殿中に響き渡る。

「……1人は間違いなくアモンだ……もう1人は……バレンシアだな」

 かすかな気配だけでファラは侵入者を感じ取ったようだ。どうやら戴冠式を妨害しに精霊界宮殿に入り込んだ2名が内部構造をも理解していることから選ばれたのだろう。

「……バレンシアか」

「恐らくバレンシアは参謀役だろう。実際にネレイス様を消しにくるのはアモンだな」

「そのアモンってのはどういうやつだ?」

「……第三使徒神速のアモン。二つ名の通り魔界最速を誇る獣だよ。あのネレイスが捌くのでやっとくらいの速さだ」

 ファラのその言葉でラヴィスの表情が曇った。

「……それ太刀打ちできんのか?少なくともそれだと我じゃ止められんぞ?」

「戴冠式の時のあいつの動きを見たがあれくらいの動きならオレがギリギリ捌けるかもしれん」

「そうか、頼むぜ……」

 そう言ったところで精霊たちの悲鳴のような声が聞こえた。

「……来るぞ!」

 その声と同時に扉を吹き飛ばすほどの勢いで鋭い爪と牙を持った灰色の獣が飛び込んできた。

「……見つけたぜ、よぉ」

 荒々しい30代前半くらいの男の声はネレイスに向かってかけたものであろう。

「……アモン、狙いはただ装置内の精霊界女王だけよ。貴方の速さならそれくらい余裕でしょう?」

 その後ろから入ってきたのはバレンシアだった。顔の半分を仮面で隠していたがそれでも見えている肌と目は紛れも無く彼女のものであった。

「……そうだな、外野がうるさくなる前にさっさと決めるとするかぁ!!」

 アモンがそう言った瞬間には既にラヴィスの横を駆け抜けておりその爪を装置に突きつけていた。

「……!!させねぇ!」

 反応は少し遅れたがラヴィスもすぐに邪魔しに入った。

「……私が相手になろう」

 しかしその攻撃は割って入ったバレンシアによって止められた。

「…………」

 ラヴィスの方を向いたバレンシアは一瞬目配せのようなものをした。“ここは合わせてくれ”と取ったラヴィスもバレンシアに合わせるようにバレンシアと戦闘を始める。

「もらったぁ!」

 アモンの一撃によりネレイスが入った収束装置の覆いが大破した。意識のないネレイスがあらわになる。

「消えなぁ!!」

「……見えてるんだよ!」

 ネレイスへの追撃を止めたのは大鎌を構えたファラであった。

「……チィ、何だよアンタは」

「通りすがりの精霊さ、ネレイス様には恩があるしな」

「ケッ、もう一度止められると思うなよ!!」

 アモンはもの凄い速度で翻弄し再びネレイスへ攻撃を仕掛けた。それをファラは紙一重であったが再び止めた。

「……どんだけはぇぇんだよ」

「……俺の動きが読まれてるだと……」

 アモンはかなり動揺していた。まだ相手がファラであることには気付いていない。

「…………」

 しかしバレンシアの様子は違った。もしかしたらファラだということに気付いたのかもしれない。

「余所見してるんじゃねぇよ!」

 そこにラヴィスが鋭い一撃を放つ。すぐにバレンシアもラヴィスの一撃を止めるがかなり押し込まれる。

「……チッ」

 バレンシアが一旦体勢を取り直した。

「アモン、急げ、何をしている?」

「うっせぇバレンシア、こいつガキのくせに生意気なんだよ!」

 アモンがそう悪態をつくと仕方ないという表情を見せたバレンシアが動きだした。

「……仕方の無いヤツだ」

 アモンほどの速度ではないが素早い動きでラヴィスを置き去りにするとファラへと斬りかかった。

「くそっ……」

「アモン、決めろ!」

 ファラはバレンシアの相手で精一杯でありネレイスを守れる者はいなくなった。アモンは容赦なくネレイスを鋭い爪で引き裂こうとする。

「もらったぁ!!」

 その爪の先端がネレイスに突き刺さろうとした瞬間一瞬ネレイスの周りに一瞬虹色の障壁が現れたように見えた。それに触れたアモンがものすごい勢いで弾き飛ばされ入ってきた入り口から廊下にまで飛び出し壁に激突して止まった。

「いってぇ……クソ、何だ今の」

 バレンシアはノエルの様子を見た。ノエルも一瞬何が起きたのかわからないというような顔をしている。ラヴィスとファラもノエルが何かをしてくれたと思っていたらしく揃って驚いた表情をしていた。ノエルの手によるものでないならなんだったのか、バレンシアも最初は分からなかったがアモンを弾き飛ばした虹色の障壁の波動からかすかにあるものを感じ取った。

(これはまさか……)

「……っざけんじゃねぇぞ!」

「アモン、やめろ!力押しじゃこの障壁は抜けない!」

 バレンシアの忠告を無視するように突っ込んだアモンはネレイスへの攻撃を阻止しようとしたファラをあっさりと撥ね飛ばし今度は鋭い牙を突きたてた。しかしやはりネレイスに刺さる直前で虹色の障壁に弾き飛ばされ自慢の牙を片方へし折られることとなった。

(この波動……間違いない)

 再び感じた波動でバレンシアは確信をした。そしてアモンにこう告げた。

「アモン、撤収よ」

「……時間ならまだあるだろうよ!」

 しかしアモンはまだまだやる気満々だ。

「……何度やってもあの障壁に返り討ちよ、しかも障壁を出してる存在がここにはいない……止めようがないわ」

 そのアモンをバレンシアはそう言ってなだめた。

「チィ……今回はお前の失策だな!」

「……面目ない、まさかあのような“安全装置”があるとは思っていなかった」

「……お前のそういう姿勢が気に食わん……だがそれがお前のいいとこだ」

「……光栄だ」

「チ……お前ら、いつか絶対そいつを消してやるからな、覚えておけ!」

 そうしてアモンは黒いもやに包まれて消えていた。

「……止められなかったか……だが魔界はまだ諦めない」

 そしてバレンシアも黒いもやに包まれて消えようとした。しかしバレンシアの姿は消えない。

「……!!……しまった、転移を封じられたか!」

 神界は先ほどバレンシアが転移によって離脱するのを防ぐために座標軸をロックしていたのだった。それに気付いたバレンシアは直接宮殿から離脱しようとするがその間に宮殿内の警備隊が集結しバレンシアは完全に閉じ込められてしまう形となった。

「…………」

 バレンシアは平静を装っていたが焦りの色は隠せなかった。流石の魔界十二使徒とはいえ1人でこの状況を打破するには相当厳しいものであった。

「……どうする?これだけの包囲をお前1人で突破するか?」

「……これくらい……」

 ラヴィスの言葉にバレンシアは強気な姿勢を見せたがその本心ではとてもではないが相手にできる余裕はなかった。

「……まぁお前だけでも仕留めておきたいとこだが残念ながらお前には借りがあるからな」

「借りなど作った覚えは無いが」

「よく言う。ミントを魔界に呼び出して魔界の干渉点を教えたのはお前なんだろう?」

「……何故魔界の人間がお前らに手を貸さねばならないんだ?」

 バレンシアはそう言ったものの明らかに動揺を隠していた。

「……お前しかいないだろうよ、素直にお礼は受け取っておくものだぜ?」

「…………」

 バレンシアは少しだけ照れくさそうにしている。

「…………今ルミナスにお前を逃がすように指示を出した。少ししたら転移で逃げられるようになる」

「……感謝する」

「どういたしまして……」

 バレンシアはしばらくラヴィスと顔を合わせられなかったがようやくラヴィスのほうを向いた。

「……ラヴィス……と言ったな……」

「ああ、なんだ?」

「……ネレイス様を頼む」

 そしてバレンシアはそう言うと黒いもやに包まれだした。転移規制は解除されたようだ。

「バレンシア、あんた何者だ?」

「……私は魔界の味方……魔界王の味方ではないわ」

 もやに包まれて消える寸前にバレンシアはそう言い残した。

「……いってぇ……」

 吹き飛ばされたファラがようやく起き上がった。

「……終わったぞ、ファラ」

「ご苦労さん……しかしあれはなんだった……」

「!!ネレイスは大丈夫なのか!?」

 ようやく今の状況を思い出した2人はネレイスの方を見た。装置本体は壊されていなかったため負の気の収束は続いておりネレイスに収束された負の気は変わらず精霊界上空へと放射されていた。その後しばらく放射は続いたがやがて放射する量は減っていき、ついには負の気の収束が止まり少しして放射も停止した。

「終わった……のか?」

「はい……終わったようです」

 ラヴィスとノエルがネレイスの傍に駆け寄った。ネレイスの体は長時間強力な負の気にさらされていた影響か一部が黒く変色していた。もしかしたら壊死してしまった部位もあるかもしれない。

「ネレイスさんっ……!!」

 ノエルはすぐに歌召術を使いネレイスの体を回復させていく。

「ネレイス、しっかりしろ!ネレイス!ネレイス!!」

 しかしラヴィスの声にネレイスはいつまで経っても答える様子はなかった。















 他には何も見えないほど眩しいまでの虹色の光に包まれた場所だった。全く見覚えの無いこの空間。そこにずっと漂っているかのような感覚だった。

「……ここは……どこ……」

 意識を失っていたネレイスはようやく目を覚ましたものの見知らぬ空間に放り出されており不安が募っていた。さらに体を動かそうとしても全く動かせないことは勿論頭すらも動かすことができず自分がどうなっているのかも確認できないことがネレイスをさらに不安にさせていた。

「……精霊界女王ネレイス……」

「わわわっ……誰……?」

 突然ネレイスに声をかけてきた。その声はこの空間全体から聞こえてくるような感じがした。

「……ここはまだ貴女が来るところではありません」

 ネレイスよりやや年上で落ち着いた感じの女性の声は何故かほんのり温かみと懐かしさを感じさせるものであった。

「……どういうこと……?あたしここに来たくて来たわけじゃ……」

「貴女はまだまだ精霊界女王でなければならない……」

 ネレイスの戸惑いと疑問をよそにその声はどんどんと続けていく。

「……貴女は精霊界の救世主……みんな貴女のことを待ち望んでいたのですよ……」

 やがてネレイスの前にかすかに人影のようなものが現れ始めた。

「…………」

 その姿ははっきりと見えないものの髪の長い女性のような影をしている。

「……精霊界が貴女のもとでかつてない繁栄の時が訪れて下さることを……願っていますよ……」

 その喋り方からして精霊界の関係者であろうその影がしだいにはっきりとしてきた。

「……ん?あれ……?」

 その姿にはどこか見覚えがあった。戴冠式を行った時にネレイスが着た衣装と全く一緒である。さらにそれだけではなかった。艶のある紫の髪はネレイスのものと非常に良く似ている。

「……さぁ、お行きなさい……精霊界のみんなが……そして……貴女の大事な方々が貴女の帰りを待っていますよ……」

「ねぇ、貴女はもしかして……」

 続きの言葉を言おうとした時ネレイスの体が虹色の光に包まれていった。

「……精霊界の希望……ネレイス……いえ……私の……」

「……!!あ……ちょっと……!!」

 最後に一瞬見えた顔はエメラルドグリーンの瞳で慈愛にあふれた表情をしていた。虹色の光に包まれたネレイスは再び意識が遠のいていった。














 負の気の照射が終わり半日が経ったがネレイスは未だに目を覚ましていなかった。

「……体は……大丈夫です。強大な負の気に包まれながらも消滅することなく残ってくれました……ですが……意識はまるで……」

「……ネレイス……」

 収束装置の前にはラヴィスとノエルに神界での仕事を終えたルミナスもやってきていた。

「ラヴィス様……」

 その様子を見ていたルミナスもかなり心配そうに見ている。

「…………ん……」

 するとようやくネレイスが意識を取り戻した。

「ネレイス!?」

「ラヴィス……?それにルミナスさん……ノエル様も……」

 ネレイスの声はまたすぐに消えてしまいそうなほどに小さかった。

「ネレイスさん!よかった……」

「……無事……終わったんだね……」

 ネレイスはゆっくりと地に足をつけたが力が入らなかったのか倒れこみそうになった。そこをすかさずラヴィスが支えてあげる。

「……ありがと、ラヴィス……」

「……かなり心配したぞ……」

「……あはは……ゴメン……」

 ラヴィスはノエルが用意していた仮眠用のベッドに腰掛けさせた。

「……ネレイスさん。リヴェリオンの番人から伝言を預かっています」

 そのネレイスにノエルは一通の手紙を渡した。ネレイスはその内容を確認する。

「…………」

「……なんだって?」

「……まず……あたしの存在をかけた行動で無事精霊界にかけられた負の気の呪いは解かれたって……リヴェリオンも内側から封印されて二度と開くことはないだろうって……これで精霊界のみんなは不自由なく暮らせる……」

「よかったじゃないですか」

 ノエルがそう言ったもののネレイスの表情は優れない。

「ただ……あたしにかけられていた負の気の呪いは魔界の妨害工作の影響もあってか解いてあげられなかったって。……あたしだけはこれからもずっと負の気の呪いで苦しまないといけないみたい……」

 魔界の妨害によりネレイスにとってはこの先もずっと負の気に苦しむことになってしまったのだった。精霊界の繁栄と引換えに自らは苦しみ続けなければならないのだった。

「……ネレイス……」

「……ま、仕方ないよね……精霊界が繁栄してくれればそれでいいんだし」

 しかしその現実をネレイスは軽く笑って受け入れた。

「……あたしのことはみんなが守ってくれるし……ね?」

 そしていつものネレイスのようにニコッと笑ってみんなを見た。

「……そうだな」

「はい!」

「ネレイスさん……お任せ下さい」

 ネレイスのその言葉に3人ともしっかりとうなずいた。





「……久しぶりに来たなぁ……ここ」

 ネレイスは数日後とある場所に来ていた。そこは特殊加工が施されたガラスで周囲を囲んでありその外は宇宙に来ているかのような幻想的な場所である。そしてそこには巨大な石碑が中央に立っておりその石碑を囲むように8つの大きな石柱が立てられていた。ネレイスの手には花束があることからもここは精霊界のお墓のような場所なのだろう。

「……精霊界の礎となった精霊のみんな……そして……歴代女王の皆様……精霊界にかけられていた負の気の呪いは解けました……みんなが望んでいた精霊界繁栄の時が……ようやく訪れます……」

 そう言うとネレイスは大きな石碑の前に花束を捧げた。

「……お母様……最後の最後にあたしを守ってくれたの……お母様……ですよね?……あたし……絶対精霊界を繁栄させて……精霊界のみんなが……お母様が願った精霊界を作るから……」

 ネレイスは静かに祈りを捧げた。ノエルから最後の日の晩の話を聞き、さらには自分の見た精霊界女王の姿……それらから推察したことはアモンからネレイスを守った虹色の波動は負の気などにより消滅してしまった精霊たちや負の気に倒れた歴代女王たちの消えてもなお残る生命エネルギーであるということだった。
 今ネレイスがいるのは天衝塔(カエルム)とよばれている精霊界一高い塔である。カエルムは精霊界誕生当時に精霊界へ精霊を導くために作られた塔であった。しかし完成した塔には精霊界へ導くためのリフトがあったのだが動力がなかったのである。そこでカエルムを建てた精霊たちは自らの持つ力を動力に変換してリフトを動かしていたのだった。しかし精霊界に負の気の呪いがかけられた際にその精霊たちも消滅してしまった。再び動かなくなったかと思われたカエルムであったが不思議なことに動き続けていた。その原因を後になって調べてみたところ精霊や妖精たちがの持つ生命力の本質であるエネルギーがカエルムの動力となっており、そのエネルギーを精霊たちは消滅してもなお出し続けていたのである。そしてさらに調査を進めた結果半永久的にエネルギーを持ち続ける精霊たちは消滅した後にこのカエルムへと集まり動力としてだけでなく正の気を発することで精霊界で唯一正の気あふれる空間を作り上げていたのだった。そのためこの塔の頂上に消滅していった精霊たちを祀る墓を作ったのである。

「……悠久の天空塔にして精霊界の鎮魂塔……カエルム……これからもあたしを……精霊界を……見守って……」

 カエルムに集いし精霊たちが自分をを守ってくれた……それに対する感謝も込めたネレイスの祈りはいつまでも続いていった……。





精霊界再生編 ~精霊界再生~ 完







「ふぅ……」

「あ、ネレイスさん……」

 カエルムから帰ってきたネレイスを待っていたのはノエルであった。

「んー?ノエル様どうしたの?」

「……ネレイスさんに……大事な話をしようと……」

 ノエルはいつになく深刻な様子であった。

「大事な話……?」

「はい、今晩神界でお待ちしています……」

「うん……分かったよ」

「それでは……」

 そしてノエルはそれだけを伝えてすぐに帰っていってしまった。

「ノエル様……どうしたんだろ……」

 ネレイスはただただ心配そうにノエルの後姿を見送った。





 その日の晩、ネレイスは約束どおり神界に来ていた。

「……失礼します」

 侍女が控えている扉をノックして中に入るとそこには何か覚悟を決めたような表情をしたノエルが腰掛けていた。

「……お待ちしておりました」

「……ノエル様……どうかしたのですか?」

「……いつまでも言わないでいればずっと私の心は痛み続けるものですから……もう覚悟を決めました」

「……どういうこと?」

「……今から私が話すことが真実です……どうか……ちゃんと聞いていて下さいね」

 そしてノエルの口から衝撃の発言が飛び出した。

「……ネレイスさん、貴女は世界の安定という名目で精霊界女王となるために“私が創りだした存在”なんです」

「……え……?」

 ネレイスは最初ノエルが言った言葉の意味を理解することができなかった。



精霊界再生編 ~救世主創造~ 前編に続く


ブログ開設2周年記念特別SS 精霊界再生編 ~精霊界再生~ 後編

「……それでは始めますよ……」

 戴冠式が終わった日の晩、ネレイスが精霊界宮殿の最上階のある1室に向かうと既に巨大な機械が設置されていた。機械の最終調整をしていたのはノエルである。普段は神界から出ないノエルであったが精霊界再生という世界の安定に向けた一大イベントを迎えるために直々にネレイスの世話役を買って出たのであった。人間は負の気に対して精霊よりも抵抗性は強いとは言えやはり精霊界中の負の気を集めそれを大量に浴びればやはり無事ではいられない。そこでネレイスの体に正の気を補充しながら負の気を集め照射することとなった。その正の気の補充に用いられる手段が“歌召術”と呼ばれる手段であった。
 歌召術は神界のごく一部の者たちが長い時間修練を積むことで習得できる特別な術式であり、癒しや光といった力を持つ魔力を旋律に乗せて歌い上げることでその魔力を増幅させ通常の魔法よりも強力な効果を広範囲に発揮できるというものである。ノエルは神界において絶大な力を持つ存在で勿論歌召術にも精通しており、今回は正の気を増幅させることのできる歌でネレイスを消滅から守ろうということにしたのであった。

「どれくらいかかるって?」

「ネレイスさんの体が急激な負の気の濃度変化に耐えられるギリギリで計算してもらった場合……丸4日かかると」

「……丸4日かぁ……それはしんどいなぁ……でもやるしかないよね」

「……はい」

 ネレイスは負の気の収束装置内へと入った。既にこの中にもかなりの濃度の負の気が集められていたようでありネレイスも一瞬フラッときたのか目を瞑った。しかしその後はしっかりと目を開けて大丈夫だということをアピールした。

「そこで精霊界砲を放つ要領で羽を出して中に浮いていて下さい」

「分かったよ」

 ノエルの指示通りネレイスは羽を広げた。しかし今回広げた羽はこれまで戴冠式などで見せた4枚のトンボのような翅とは違い2つの巨大な花弁のような羽であった。その羽がゆっくりと回転を始め、次第にその速度はどんどん上がっていく。そして一定速度を超えた辺りでネレイスの前方に黒くもやのかかった光が集まり始めた。するとネレイスの表情がだんだんと辛そうなものへと変わる。

「うわぁ……4日間ずっとこれは……きっついなぁ……」

「……ちゃんと“正”の歌でお守りします。念のためにラヴィスさんやルミナスさんにもバックアップをお願いしていますから大丈夫ですよ」

「……うん……これが終われば……精霊界は……ついに……」

「……はい。では……始めましょう!」

 ノエルがそう言うと収束装置が起動した。それと同時に精霊界上空へと黒い光――ネレイスが収束した負の気が放たれた。

「♪~♪~……」

 それを確認したノエルは“正”の歌を歌いだした。その声は子守唄のように優しく温かい歌声でつらく冷たい負の気に晒され続けているネレイスをそっと包み込んでいった。















 夜が空けネレイスが負の気のを収束、放射し始めてから半日が経った。これまでのところネレイスの体に目立った異状は出ていない。ノエルも一晩中歌を歌い続けていたがまだまだ喉も大丈夫なようだ。

「……失礼する」

 その部屋にラヴィスが入ってきた。それに気付いたノエルが歌うのをやめた。まずネレイスの方を見て容態を確認し大丈夫だとわかったところで初めてラヴィスの方を向いた。

「今ネレイスさんは負の気が過多になってしまった人間でよく見られる体の機能を休ませて休眠をしている状態です。それか私の歌が子守唄にでもなっていたのかもしれませんね……」

「今は大丈夫ということか……」

「はい……」

 ノエルはここでラヴィスが男が持つにしては似合わない黒いハンカチを持っていることに気付いた。

「ラヴィスさんその黒いハンカチはどうなさったのですか?」

「ああ、これについてノエル様に聞きたいことが……」

 ラヴィスは丁寧にハンカチを広げ金色の糸で縫われた刺繍部分を見せる。

「恐らくは文字だと思うのだが……なんて書いてあるか分かるだろうか?」

「これは……精霊界でよく見る……いえ、精霊たちが普段使っているものですね……」

「……昨日ティアラを奪いに来た魔界の者の持ち物だと思われる……」

「……バレンシア……だと思います」

「……バレンシア?名前か?」

「恐らくは……持ち物には名前を書きましょうということを忠実に守っていらっしゃるお方のようですね……」

「……魔界にもそんなヤツがいるんだな」

「ああ、バレンシアはそういうヤツだよ」

「ふむ……ってお前誰だよ!?」

 いつの間にかラヴィスの後ろに人影がありラヴィスも相当驚いた表情をしていたがノエルはいたって冷静であった。どうやら面識のある者であったらしい。

「……ん?ああそうか、アンタと直接会うのは初めてか。んじゃ簡単に自己紹介するぜ、オレはファラ=ローテアルメン……魔界十二使徒朱腕のファラさ」

 世界の安定を司る神界の者の目の前で堂々と世界の安定を乱している魔界の出身、さらには幹部とも言える魔界十二使徒であることを堂々と告白したファラは続けて言った。

「バレンシアってのはオレと同じ魔界十二使徒の第五使徒、流麗のバレンシアのことだ。魔界で2番目の別嬪さんで魔界の連中からは凄い人気だ。剣の腕も半端ないし魔界十二使徒内でも相当のやり手だよ」

「何故魔界十二使徒のお前がここにいるんだよ?」

 ラヴィスは冷静にそう言ったが目は完全にファラを睨みつけていた。

「そう怖い顔すんなって。オレは魔界王に“できそこない”って言われてもういない存在にされたんだ。そして今そこで負の気と格闘してるネレイス様と……封印を解いてオレを自由にしてくれた将軍に本当によくしてもらったからな、今はこっちの味方だ」

「はい……先の戴冠式で魔界襲撃の詳細をいち早く教えてくれたのがこのファラさんですから」

 さらにノエルが擁護をするようにそう言ったのでラヴィスはようやく警戒を解いた。

「……で、今回も魔界に怪しい動きがあった……精霊界に負の気を流し込む準備をしていた。恐らくネレイス様を消しにかかろうとしてるんだろうな。順調に行けば明日の夜にでも作戦開始する予定だろう」

「……私はネレイスさんの傍を離れられないので外部からの攻撃に対して対処が遅れる……そう見たのでしょうね」

「ただ現時点直接ネレイス様を葬ろうと乗り込んでくる動きはない……流石にノエル様と事を構える形には魔界もしたくないみたいだからな」

 ファラは魔界に直接出向き得てきた情報を惜しげもなく公開していった。

「そうですか……情報提供ありがとうございます」

「よしてくれよ、ノエル様に頭下げられるような存在じゃねぇからさ……それにそういうのは実際に魔界の妨害を退けて無事精霊界の呪いを解いたらにしてくれよ!」

 ノエルがファラに丁寧にお辞儀をした。ファラはへらへらとした感じにそう言ったが表情はどこと無く照れくさそうでもあり誇らしげでもあった。

「……で、ラヴィスだっけ?」

「何だ?」

「……魔界十二使徒のオレが実際に対応に動くといくらいない存在になってるとはいえバレる可能性がある。実際の対応はアンタに任せるぜ」

「……ああ、任せておけ」

「じゃあまた何か動きがあったら報告するぜ、ネレイス様を頼むよ」

 最後にラヴィスに向かってそういうと黒いもやに包まれて姿を消した。

「……魔界十二使徒の1人がこっちについていたのか……」

「……本人は“できそこない”と仰ってましたがその力侮れません。自らの立場を生かした諜報活動もできてますから私達にとっては非常に心強い存在です……本来敵方であったファラをこちらに引き込んだ将軍様の人柄は本当に凄いですね」

「そうだな……」

「……ぅ……」

 ネレイスの苦しそうな声が聞こえた瞬間に2人とも慌てて装置の方を向いた。装置内の負の気の濃度が予定よりも高くなっておりノエルは慌てて“正”の歌を歌いだした。

「……ラヴィス……いるの……?」

「悪い、ネレイス。……大丈夫か?」

「うん……まだまだ大丈夫……心配してくれてありがとね……」

 ネレイスの声は非常に弱々しかったが気持ちがしっかりしている分まだまだ元気そうに聞こえた。

「……まだ半日しか経ってないんだよ?……これくらいで音をあげてられないよ……」

「……そうか」

「……まだノエル様がついてくれてるから仕事しに行って大丈夫だよ……あたしはまだ大丈夫だから」

「昼間は私がネレイスさんを看てます。夜になったらまた来てもらえますか?」

「夜……か、承知した」

 ラヴィスは最後にネレイスの方をちらりと見て部屋を出て行った。そのネレイスはニコッと笑って“大丈夫だよ”と言ったような気がした。





 その日の夜、ラヴィスは再びネレイスのとこへと向かった。部屋に入るとノエルの歌声の効果であたりは正の気に包まれていた。

「……あ……ラヴィスさん来てくれたのですね」

「ああ、ネレイスの様子はどうだ?」

「あたしはまだ大丈夫だよ……♪」

 ネレイスは朝よりもどことなく元気があるような様子でそう答えた。

「大分体が負の気の濃度に慣れたみたいですね……予定よりも早いペースで進んでいるようです……」

「それでも半日なんだけどね……」

 今のところ順調に事は進んでいるようだ。ファラの言った通り魔界が妨害に来ている様子はない。

「それでは私は少し休みます……今晩はラヴィスさんにここを任せますね」

「“正”の歌はなくて大丈夫なのか?」

「……うん、大丈夫だよ。ラヴィスがいてくれれば多少は楽になれるから」

「……でももし何かあれば私を呼んでください……それでは頼みましたよ」

 そう言い残してノエルは立ち去っていった。部屋はネレイスとラヴィス2人きりになった。

「…………」

「…………」

「……ゴメンね、ラヴィス」

 しばらくは黙っていた2人であったが先に口を開いたのはネレイスであった。

「お前が謝ることじゃないだろうよ」

「……でも多分あと2日はずーっとこんな状態続くんだよ?」

 先ほどまであれほど元気だったネレイスが急に弱気になっていた。先ほどまでの元気もやはり空元気だったのだろう。

「……大丈夫か?本当は大分きついんだろ?」

「……うん、ものすごくだるくて目が回ってる。それがずーっと続いたまま……起きてると本当につらいけど……かといってずーっと寝てもいられなくて……急に目が覚めて視界は回りっぱなし……普段からこういう症状には慣れてるつもりだったけど……ここまで続くと流石に参ってきちゃうよ……」

 既に精神的にもかなりのダメージを負っているようなネレイスの声は大分弱々しかった。

「……でもね、あと2日でいいんだよ……あと2日こうしてれば精霊界は……」

「…………」

「みんなが……お母様が望んだ……平穏な精霊界がやって来るんだよ……」

 もはや一番のネレイスの心の拠り所となっているのは精霊界を救いたいという強い思いであった。その思いが彼女をここまで駆り立ててきた。

「……なんて……結局あたし1人じゃできなかったこと……ノエル様やラヴィスたちの支援がなきゃできっこないのに勝手にやるって決めちゃって……ゴメンね、迷惑ばかりかけて」

「……ルミナスと言いお前といい……世界のために身を捧げる覚悟ができてたヤツは本当に立派だよ」

「……そのルミナスさんを支えたいって覚悟はラヴィスにもあったんでしょ?」

「……まぁな」

「ふふふ……」

 だがラヴィスと会話を重ねていくことでさっきまで元気のなかったネレイスが笑い声をあげ、心なしか元気になったような気がする。

「ありがとね、ラヴィス……少ーし気分楽になったよ」

「それはよかった」

「……ねぇ、ちょっとだけ……話を聞いてもらえるかな?」

 ネレイスは急にそう言い出した。少し気を紛らわす目的もあったのだろう。

「別にいいぞ、何の話だ?」

「……いいからいいから……」

 そしてラヴィスの返事も聞かずにネレイスは静かに話し始めた。内容はラヴィスたちと会ってから今までのことを振り返ってみたものだった。偶然命を救われその後は世界各地を渡り歩き本来のネレイスの目的であった精霊界より課された試練を乗り越えついに精霊界女王へとなった……それまであったほんの些細なことから生死をさまようこととなった大事件まで様々なことを懐かしげに、そして楽しげに喋っていった。その様子は死を前に懐かしい思い出を看取りに来た人々に話していくものと大差はなかった。

「……そしてあたしは……これからも精霊界を……」

 最後にネレイスは今後も精霊界女王として精霊界の発展に尽くしていきたいと語った。そしてラヴィスの方を見る。

「……だからラヴィス、あたしはラヴィスを……」

「……その先は全部片づけてからお願いしろ」

 何かを言おうとしたネレイスに被せるようにしてラヴィスがそう言った。

「……あはは……そうだね……これを片付けてからにしないとね」

「……で、ネレイス。何か必要なものはあるか?」

「……んー……ちょっと魔力を分けて欲しいかな……この羽を展開したまま維持するの……大変だからさ」

「分かった」

 ラヴィスはそっと装置に手をかざした。そこから少しずつ魔力が送られていく。

「ん……ありがと……後は大丈夫。それに……沢山喋ったから眠くなってきちゃった……」

「そうか、起きてると辛いんだったな……ゆっくり休めよ」

「うん……」

 そう言うとネレイスはゆっくりと眠りについた。

「…………」

 そのネレイスにラヴィスは休むことなく一晩中魔力を送り続けた。





「ラヴィスさん、ネレイスさんの容態はどうですか?」

 翌朝、早い時間帯からノエルはネレイスの元へと戻ってきていた。

「……大丈夫そうだ。今はよく寝ている……」

 ラヴィスはノエルの方を振り返らずにそう言った。しかしその後姿は寝不足と疲労困憊で今にも倒れそうなくらい見るに耐えないものであった。

「……ずっと起きていたのですね?無理はしなくてもよかったのですよ?」

「……しかし何が起きるか分からん……おちおち寝てはいられん……」

 そうは言うものの体はやはり限界だったらしくラヴィスは大きな欠伸をした。

「……今晩は大変になるでしょうから今の内に休んでおいて下さい」

「……分かった、夜までノエル様頼む……」

「お任せ下さい……」

 ラヴィスはノエルにネレイスを任せるとネレイスが用意していた部屋へと引っ込んでいった。

「眠い……」

「あ……ラヴィス様……お疲れ様です」

 部屋の中では既にルミナスがいつものドレス姿で待っていた。ルミナスも“ラヴィスのサポート”という名目でラヴィスと同じ部屋をネレイスに用意してもらっていたのである。

「……悪い、今から寝る……」

 ラヴィスはルミナスの顔を見ることも無く布団に倒れこんだ。

「……分かりました、ゆっくり休んでくださいね……私は少し精霊界をふらついてきますので」

 本当はラヴィスの傍にいて疲れを取ってあげたいと思っていたルミナスであったがラヴィスのあまりの疲れぶりに傍にいても邪魔にしかならない……そう瞬時に判断したルミナスは薄い掛け布団をラヴィスにかけてあげるとそっと部屋を後にした。ラヴィスはルミナスの閉めた戸の音がしたのを聞くとすぐに眠りについた。

(……あのままではネレイスさんの体の前にラヴィス様の体がもちません……)

 ルミナスはかなり心配をしていた。ラヴィスはもともとそこまで体力があるわけでもなく、夜も弱く夜番はいつもルミナスと交互に寝起きしてやっていた経歴があった。そして今絶賛無理をしているネレイスと違い無理ができる体でもない。頑張ったラヴィスをいつもルミナスが労わってきたことから今回も自分が労わってあげなければならない、それに今晩は魔界の妨害工作が行われる可能性もある。対処のためにラヴィスは必要不可欠なのでなんとかして疲れをとってあげたい……そのためにルミナスがやってきたのはノエルのところであった。

「ノエル様、少しよろしいですか?」

「ルミナスさん?……ラヴィスさんの傍にいなくていいのですか?」

 “正”の歌を中断させたノエルは驚いた様子で振り向いた。

「……それほどまでに疲れきっているのです……何か疲れを取ってあげられるものを用意したいのですが……」

 こういうときに普通の奥様であれば元気の出るような手料理を作ってあげるような場面であるのだが残念ながらルミナスは殺人的に料理ができない。さらにネレイスが持つ癒しの気のような直接ラヴィスの体を癒してあげられるような力も持っていない。ルミナスはこのことを結構気にしていたのである。

「……そうですね、ラヴィスさんは酸っぱいものがお好きでしたよね?でしたら精霊界のお方に頼んで“あるもの”を作ってもらってはいかがでしょうか?」

 そのルミナスにノエルはそう言葉をかけるとそっと手を広げた。その手にあるものがぽんっと現れた。

「貴女もよく見ているものですよね?これを集めて持って行くといいのではないですか?」

「はい、ありがとうございますノエル様」

 ルミナスは丁寧に御礼を言い外へと向かった。





「……ん……」

 ラヴィスが目を覚ましたのはその日の昼過ぎであった。そしてその目の前には心配そうな顔で覗き込んでいるルミナスの姿があった。

「あ……ラヴィス様、お目覚めですか……?」

「ルミナス……精霊界をふらついているんじゃなかったのか?」

「……もうお昼過ぎですよ?……なかなか起きないので心配で……」

 ルミナスが“あるもの”を用意して帰ってきてもしばらくラヴィスが起きることはなくかなりルミナスも心配していた。ちょっぴり涙目になっていたルミナスをラヴィスはそっと抱き寄せる。

「そんなに寝ていたのか……すまない、随分と心配かけたな……」

「……それだけお疲れだったのでしょう?……ノエル様から助言をもらって疲労回復に効果の高い植物を使った飲み物を用意してきましたよ……」

 ルミナスはそっとラヴィスを起こすとテーブルの上に置かれたグラスを見せた。中にはオレンジ色のドロッとした飲み物が入っていた。

「……太陽草の果実か……ってこれお前が作ったのか?」

「……まさか……料理のできる精霊さんが作って下さったのですよ」

「そうか……とりあえず感謝する」

 ラヴィスはそう言うとグラスの中の飲み物をぐいっと飲み干そうとした。

「!!!!!!!」

 しかし口にした瞬間ラヴィスは悶えだした。危うくルミナスの顔に向かって噴出しそうになったが何とかこらえて飲み込むと

「なんだよこの酸味!太陽草の果実はこんなに酸っぱかったか!?」

 大量の冷や汗をかきながらそう言った。しかし言った瞬間ルミナスの表情が曇っていく。

「……お嫌いですか?」

「……い……いや……。だが流石にこの酸味は太陽草の果実だけじゃないだろ……」

「ラヴィス様が酸っぱいの好きなのでサンサンアセロラというものも入れてはどうかと言われたので……」

 ルミナスはみるみる泣き出しそうな顔にまでなってしまった。

「そうだな……だがこの酸味は正直……想像以上だ。だがその分かなり効いている感じがする……」

 自分のために用意してくれたルミナスと代わりにドリンクを作ってくれた精霊のためにもラヴィスは少しずつ少しずつ飲んでいきなんとか飲み干すことができた。だがこの強烈な酸味とほのかに感じたハチミツはすぐに疲労回復に絶大な効果を発揮してくれたようである。

「……ありがとな、ルミナス」

 そしてまたベッドに腰掛けると膝の上にルミナスを座らせ後ろからそっと抱き寄せながら頭を撫でてあげた。

「ぁぅ……ラヴィス様……////

「……今晩の仕事が終わったらちゃんと構ってやるからな」

「……今晩が終わってもまだネレイスさんの仕事は終わってませんよ……?」

「……それもそうだな、先にのんびりするわけにもいかないだろうしな」

「ネレイスさんの仕事が無事に終わったら……」

「しっかり労わってやらんとな、そして休みをもらわんと。だからそれまでは……これくらいで我慢してくれ」

「はい……////

 その後しばらくラヴィスはルミナスを抱えて離すことはなかった。



「……さて、少し早いが体は動かしておきたいからな……」

 ラヴィスが元気になって安心したルミナスはラヴィスの腕の中で気持ち良さそうに寝てしまっていた。そのルミナスをそっとベッドに寝かせるとラヴィスはそっと部屋を出て行った。ルミナスからもらったドリンクとルミナスとしばらく一緒にいたことでラヴィスの体力は十分に回復していた。夜まではまだ多少時間はあるものの落ち着いていられなかったラヴィスは精霊界宮殿内をぶらぶら散歩するように歩いていた。

「しっかし広いよな……全部見て回るには地図が欲しいな……」

 そう言いながら宮殿内の角を曲がったその先に一瞬次の角を素早く曲がっていく影が見えた。

「……精霊界のヤツじゃねぇな」

 ラヴィスはその影を追いかけていったが、すぐにその影を見失ってしまった。しかし途中まで追いかけた先の周辺はどことなく見覚えがあった。

「……ここは……宝物庫に近い場所だったな……もしかすると……」

 ラヴィスは一昨日ティアラを守った宝物庫へと向かった。宝物庫の入り口はわずかに開いていた。

「…………」

 そこから中の様子を伺うと中では一昨日この宝物庫に侵入してきた魔界の者と思われる影が床のあたりを何かを探しているかのようにしきりに見ていた。

「……よぉ、こんなとこで何してるんだい?」

「……!!」

 ラヴィスはそっと近づき声をかける。それに驚いたのか魔界の者は飛び退り警戒態勢を取った。

「……やはり一昨日会ったお前だな?何を探しに来たんだ?」

「…………」

「……お前が探しに来たのはこれだろう?」

「!!」

 ラヴィスが黒い布地のハンカチを取り出すと魔界の者はまさしくそうだといわんばかりの反応を見せた。そしてローブの下から剣を抜こうとするが構えだけで実際には抜こうとしてこない。

「わざわざここまで取りに来るということはよほど大事なものなんだろうな」

 ラヴィスはハンカチを持ったままゆっくりと近づいていく。それを見た魔界の者はローブから手を出した。不意打ちをする様子も全く見られない。そしてラヴィスはそのまま魔界の者にハンカチを返した。

「……感謝する」

 するとこれまで一言も発することがなかった魔界の者がクールな女性の声でそう御礼を言った。

「……これで用事は済んだんだろ?さっさと帰った方がいいんじゃないか?今晩あたりお前らネレイスの妨害でもしてくるだろうと見て精霊界全体の警戒レベルは跳ね上がるぞ、帰れなくなる前に早く退いた方がいいぜ、魔界十二使徒バレンシア=レヒトサッフェンさんよ」

「……何故その情報を既に掴んでいる?」

 バレンシアは魔界の妨害作戦の情報が既に漏れていることにかなり驚きを隠しきれない様子であった。

「……本当に今晩なのか……流石は“ヤツ”だ」

「……まぁ知っているなら話は早い、作戦開始は今晩9時だ……」

「……お前どういうつもりだ?」

 今度はバレンシアからもたらされた犯行予告でラヴィスが驚く番であった。

「……ハンカチを大事に保管してくれていた礼だ。第五使徒バレンシアの名に誓い虚報でないことを約束する」

「……ハンカチの礼にしちゃ随分ご大層な情報だな、魔界の幹部とも言える立場のお前が何を考えているのやら……」

「……魔界の幹部も色々ということだ」

 そう言うとバレンシアはローブのフードを外した。

「……改めて自己紹介だ、私は魔界十二使徒の第五使徒、流麗のバレンシアことバレンシア=レヒトサッフェンだ。このたびは私のハンカチを丁重に管理、返還して頂いたこと、感謝する」

 フードの下の顔は丹精で整っており、白い肌とエメラルドグリーンの瞳をしたその姿はフードで隠すにはもったいないほど非常に美しいものであった。

「ご丁寧にどうも、我は神界所属のラヴィスだ。精霊界女王ネレイス及び神界の管理者代行ノエル様の命により呪い開放中のネレイス守護を任されている」

「……やはり神界が動いたのか……流石にこれ以上の放置は世界の安定を保てないということなのだな……」

「……神界の事情を知っているようだな、本当にお前は……」

 ラヴィスがさらに探りを入れようとしたときバレンシアの目つきが変わった。

「……すまない、これ以上長話はできないようだ。私は失礼する」

「そうだな……ま、今晩はお互いに“気をつけろ”ということだな?」

「そういうことだ……ラヴィス、その名前しっかり覚えておこう」

 バレンシアはそういい残しもやに包まれて消えていった。

「……魔界にも面白いヤツがいるもんだ」

 ラヴィスもそう言うと足早に宝物庫をあとにした。





「今晩9時……ですか」

「ああ、ファラの予想ともほぼ合っている。間違いないだろう」

 ラヴィスは予定より早く来ていた。そしてバレンシアのもたらした情報を元にノエルと相談をしていた。

「ルミナスさんを干渉点封鎖の増援に回しましょう、こちらの対応は私と貴方でなんとか……」

「そうだな……」

 2人は収束装置内のネレイスを見る。

「……聞こえたよ……今晩9時……だね……」

「ああ、対策はバッチリ取るがもしかしたら……」

「その時はノエル様とラヴィスで正の気を分けてくれるんだよね……?期待してるよ……♪」

 ネレイスは精一杯の笑顔でそう言った。その後はすぐに精霊界全体を動かし魔界の妨害への対策を講じた。魔界からの
干渉点を把握するために精霊たちを各所に配置、干渉点を封鎖するために神界の配下とルミナスを置きすぐに封鎖措置を施せるようにしてあった。そしてネレイスに負の気が過剰に流れ込んだ際にはラヴィスとノエルが正の気を与えて守るという布陣を敷いた。あとは魔界から動いてくるのを待つばかりである。そして犯行予定時刻の午後9時がやってきた。

「……っっ!!ぁぁぁぁぁ!!」

 その変化はあっという間であった。収束装置の中のネレイスがすぐに苦しそうにうめきだした。あまりの速さにノエルもラヴィスもびっくりして一瞬動きが止まってしまった。

「……こうもあっさり抜かれるものか?」

「ルミナスさん、どうなっているんですか!?」

「……魔界が負の気の流入を開始、精霊界各所を介して行っているのだと思うのですが……精霊界の干渉点を止めるだけではすぐに別の点から干渉されてしまいます……精霊界の前に別の地点を経由しているものと思うのですがそこは高度な手段で隠されていてすぐには見つかりそうに……」

 通信に出たルミナスも大分焦った様子であった。神界に配置した部隊もかなりのやり手をそろえていたつもりだったのだがその上を行かれたということなのであろう。こちらと同様にルミナスの側も大分混乱しているらしい。

「ぁぁぁぁ……!!ぅぅぅぅ……!!」

 その間にもネレイスは苦しみ続けている。ノエルはすぐに“正”の歌を歌いだしラヴィスも収束装置の前に立ち正の気と魔力を分け与えていく。

「……我々の体力勝負……か……」

 苦しむネレイスにラヴィスとノエルは精一杯のことをし続けた。



「く……」

「……ぅぅ……ラヴィス……頑張って……」

「……これ以上この出力続けるのはしんどいぞ……」

 ネレイスに魔界の負の気が送られ始めて2時間が経った。しかしネレイスへの負の気の流入が止まる様子は一向になくラヴィスの体が限界に近づいてきていた。

「……ラヴィス……ダメなら休んで……何とか……耐えられるから……」

「……お前がキツイの耐えてるのに……これくらいで我が休んじゃ……いられんよ」

 ラヴィスは既にふらふらであったがそれでも精一杯の正の気と魔力を送っていった。

「……ネレイスさん、大丈夫ですか!?」

「……その声は……!」

 部屋のドアが開かずに別の女性の声が聞こえた。その声にラヴィスは聞き覚えがあった。

「まさか……ミントか?」

 見るからに生者とはかけ離れた真っ白い肌にほんのり冷気をまとわせ、ところどころボロボロになったドレスにくすんだティアラとイヤリングをつけたその女性は確かにそこにいるようだがうっすらと透けて見えている。彼女はかつてラヴィスやネレイスたちを率いていた将軍と一緒に戦った仲間であった霊体ミントであった。

「はい、メリアス様の指示で冥界の下見をしていたところに全身ローブで顔を仮面で隠した女の人が“今精霊界女王ネレイス様が危機に瀕している、手を貸してくれ”と言い残して私にこの紙を渡して行ってしまったのです……」

 ミントは紙切れを取り出した。そこにはやはり奇妙な文字で何かが書かれていた。

「……ノエル様、この文字……」

「……!!これは……顕界の座標軸!?」

 ノエルはすぐにルミナスに連絡を入れた。

「ノエル様……!すみません、まだ……」

「ルミナスさん、今から顕界の座標軸を送ります。その点を調べて下さい!」

 ノエルは食い気味にそう言うとその座標軸データを送りつけた。

「……!!これは……顕界のこの地点から不自然なデータの書き換えが……!時空のズレ!?」

 ルミナスは何かに気付いたようだ。あわただしく動く音が聞こえてくる。

「ノエル様、このデータはどこから!?」

「……出所は確かではありませんが……私たちに協力してくれる者からということでしょう」

「これで魔界の干渉点を封鎖できます!」

 ルミナスがようやく安堵したような声でそう言った。

「ルミナスさん、ミントです!何かお役に立てませんか?」

「ミントさん!?……あ、そうだ、これから干渉点の1つを送りますからそこで魔界の負の気を受け止めてもらえますか?」

 そこにミントが声をかけた。ルミナスも最初は驚いていたようだがすぐにこう言った。

「分かりました、私なら負の気を受けても平気ですからね、ガッツリ吸収しますよ!」

 霊体であれば負の気の影響は全く受けない。それを生かして魔界の負の気を吸収してネレイスへの負担を減らそうと考えてミントを派遣することにした。すぐにミントは現場に向かった。

「……ネレイス、もう少しだ……」

「う……うん……」

 苦しそうなネレイスを同じく苦しそうなラヴィスが励ました。



「準備OKですよ!」

 顕界の1点でミントはルミナスに合図を出した。その身にネレイスに送られるはずだった魔界の負の気が大量に蓄えられていた。

「……いいですよ、お願いします!」

「魔界の負の気……これ以上はいらないのでお返ししますよ!」

 ミントは溜まった負の気を一気に魔界の干渉点に照射した。それと同時に次々と干渉点を封鎖していき最後にミントが負の気を照射した点を封鎖した。

「……あ……落ち着いてきた……」

 ミントとルミナスのおかげでようやく魔界の負の気の流入を止まり、ネレイスの様子も幾分落ち着いてきたようだ。

「……なんとか……凌げましたね……」

「あぁ……そうだな……」

 ラヴィスとノエルの2人も大分疲れきった様子であった。そこにミントが戻ってきた。

「ミントさん……助かりました……」

「お役に立てたようで何よりです……」

「感謝する、ミント」

「あたしからも……ミントさん、ありがと……」

「いえいえ……」

 みんなからの御礼を受けミントもどことなく嬉しげな表情を見せた。

「……私たちも大分消耗しました……少し……休ませて貰いましょう」

「……うん、朝までなら大丈夫……ラヴィスもノエル様も少し休んで……」

「……そうだな、流石に我も無理だ……」

「それでは私が今晩様子を見ますね」

 そしてミントにネレイスのことを任せるとラヴィスもノエルも休みを取った。これで精霊界再生はほぼ成し遂げられたようなものであった。



(完結編に続く)




プロフィール

ラヴィス

Author:ラヴィス
パソコン使えないくせにブログに手を出した愚か者。
……温かい目で見てもらえるとうれしいです。

毎週月曜に大小の違いはあれど更新中です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
来客者数
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR