ブログ開設4周年記念特別SS SSs(ショートストーリーズ) 魔界編 ~新生魔界 始動~


「……これくらいでいいだろう」

「……そうですね、今はこれくらいで……」

 瓦礫の山の片隅にちょこんと建てられたいかにも簡素な造りの構造物。瓦礫を再利用したその無骨な構造物は人が4~5人くらいしか入れない程の狭さであったが、今はこれくらいしか造ることはできなかった。

「おいおい……まさかこんなちゃっちいボロ屋が“新生魔界宮殿”だとはいわねぇよな?」

「……仕方ないだろう。この瓦礫の撤去作業が終わらなければ宮殿の再建もできん。我々もまずは復興支援に手を貸さねばならない……まだ休憩室レベルの建物があればそれでいい」

「でもよぉ、流石にこれはねぇだろ?どっかまともな建物借りるでもなんでもした方がいいだろよ、グレモル」

「ファラ!……兄上は魔界王となられるお方だ。お呼びするなら“グレモル様”か“陛下”だろう!?」

「よせ、バレンシア。別に呼び捨てでも構わん……それにお前もそれを言いたいなら“兄上”はやめろ」

「はっ……!すみません、陛下……」

「…………やれやれ」

 その構造物を前にグレモル、バレンシア、そしてファラの元魔界十二使徒の3名が集まっていた。先日神界勢力と天界、精霊界、そして最終的には冥界も参戦した魔界鎮圧作戦により先代魔界王ベルガザスは葬られ、また新たに魔界を復興しようと神界側について生き残った十二使徒たちは動き出していた。

「……で、どうやって復興してくのさ」

「……まずは瓦礫の撤去……人手がいる仕事だが生憎今はどこも疲弊している。一番被害の少なかった冥界は残念ながら瓦礫の撤去作業には不向きな者が多い……やはり精霊界からの援助を頼まねばならないだろう」

「ネレイス様……ですか」

 今回の魔界鎮圧作戦では精霊界女王ネレイスが旗印となり、精霊界との関係修復を求める数多くの者達の協力を得て来た。そしてこれからもネレイスは魔界に対する援助を惜しまないと宣言しているために今の魔界にとっては最も頼れる相手であった。

「……まーそうだよなぁ……」

「バレンシア、ひとまず精霊界に赴きネレイス様から復興支援の人員を割いて頂きたいと申し入れをしてきてくれ」

「畏まりました」

 そのネレイスにまずは協力を要請する為グレモルはバレンシアを精霊界へと派遣した。そのバレンシアは返事をするとすぐに精霊界へと向かっていった。

「……で、ファラ」

「ん?」

「……お前も協力してくれるんだな?」

「……そりゃーな、ネレイス様にも約束しちまってるし一応十二使徒やってたわけだからな」

「あてにしてるぞ」

「……お前にそう言われると妙に緊張するぜ……」

 紅の死神ファラも魔界復興の中心的存在となることに承知してくれている。ファラは長らく封印されていた影響で幼く、粗野な印象が強いが、将軍と言う主を得てから大分大人になったようであり将軍からの信頼も厚く、グレモルもその力を大いに評価していた。

「……魔界の中核を担える人員が決定的に少なくなってるからな……魔界十二使徒のほとんどが消えたのがここにきてかなりの痛手と言えるかもしれん」

「まーそうだけどさぁ、あいつらで使えそうなやつ……」

「……ネレイス様がレゾーナを救ったことは感謝しないといけないな」

 先代魔王ベルガザス直属の部下であった魔界十二使徒は魔界鎮圧作戦の折に大半が駆逐されてしまっていた。その結果今残っているのがグレモル、バレンシア、ファラ、そしてネレイスが救い今はネレイスに仕えているレゾーナの4人だけだと言われている。

「陛下、只今戻りました」

「バレンシア、早かったな」

「ネレイス様が迅速に人員を割いて下さった」

「……話が早くて助かる」

 そこに派遣されたバレンシアが戻って来た。精霊界女王ネレイスへの支援要請がひとまず通りグレモルもとりあえずほっとしたようである。

「……で、その人員を率いて下さるのが……」

「……私だ」

 バレンシアの背後に立っていた人物はそこにいる全員が分かっていた。

「……なんだ、レゾーナか」

「……しばらく魔界から離れることができると思った矢先に魔界に駐留する仕事を任されるとは……」

「精霊界で魔界の勝手を一番知っているのは当然レゾーナ、お前なんだからお前に任せるというのは当然の判断だろう」

「……最後まで先代の陛下に仕えようと思った私に今の魔界は窮屈だ。それで精霊界での暮らしを望んだのだがな」

 レゾーナも本来であれば先代魔界王とともに消え去る覚悟を決めていたのだが、ネレイスの説得と身を呈して守ったことにより一命を取り留めていた。彼女は精霊の中でも失われた存在とされている時の精霊のはみだしものであり、その能力は魔界鎮圧作戦の折にネレイスも警戒をしていたほど強力なものであった。しかし同じく時の精霊の加護を受けていた避神クロノスの前に手も足も出ず完全に活躍をさせなかったのであった。

「……とりあえず期待しているぞ、レゾーナ」

「……やれやれ」

 魔界復興においてレゾーナの存在は非常に大きなものとなるであろう。グレモルにとってはこれ以上ない強力な助っ人であることに間違いはない。

「……にしてもよー、グレモルいいよなー」

「ん……?」

「優秀な配下みんな女だぞ」

「……そう言えばそうだな」

「……何故なのでしょうね?」

 魔界十二使徒は男女6人ずつで構成されていたが、そのうち女の3人が残っているというのもなかなかない話だろう。

「……あー、そうだそうだ。あいつまだ生きてるんじゃねぇかな」

「……ん?」

 ファラがそう言うとふらふらっと歩き去っていった。

「……アモンはネレイス様が仕留めた……ゾルホスはヘリオス、ゼクトールはミディア、サルバシオンは将軍……ということは……」

「おー、生きてた生きてた」

 そしてファラはすぐに戻って来た。その脇で大きな貝殻のような物を引きずっていた。

「……ファラ、そいつはまさか……」

「ああ、おいコーネフ!起きろ―!」

 グレモルの前までやって来たファラは無造作にごろんと転がすとがんがんと殴りつけ始めた。

「……コーネフ、魔界王がお呼びだぞー!」

「……うぅぅ……」

 やがて貝殻の中から怯えたような声が聞こえて来た。どうやら確かに中身は生きているようである。

「……ファラ、それくらいにしてやれ」

「へーい」

「……お前は守勢のコーネフだな?」

「……誰?」

「……叡智のグレモル。新しく魔界王になった旧魔界十二使徒だ」

 グレモルがそう名乗るとコーネフは貝殻の中からするっと体を出してきた。

「……え?新しい魔界王?」

「ああ、先代王ベルガザスは倒れた。今は私が新しい魔界王となり魔界の復興を進めて行こうと思っている」

「……復興……」

 コーネフが辺りを見回した。そして崩壊した魔界宮殿を目にして衝撃を隠せないようであった。

「……ああ……宮殿が……」

「……しかしよく生き残っていたな……魔界十二使徒はここにいる奴ら以外はみんな消えたというのに……」

「……僕も……ファラにコテンパンにされて……」

「まーな、だけどお前を消す前に結界解けちまったからそのままほったらかしにしたんだよなー」

 コーネフは魔界鎮圧作戦の折にファラとの戦闘を行っていたが、その際ファラはコーネフに止めを刺していなかった。そして頑丈な殻によって魔界宮殿の崩落に巻き込まれても難を逃れる事ができていたのである。

「……まぁなんにせよ魔界十二使徒がもう1人残っていたことは朗報だ。勿論協力してもらえるな?」

「え?」

「魔界の復興だよ。魔界十二使徒の残りが先導してやってくことになったんだから当然お前も協力するよな?」

「……いや、僕まだ何も……」

「協力するよなぁ?」

「うぅぅ……分かったよぉ……」

 ファラの不敵な笑みを見せられ震え上がったコーネフは渋々了承したのだった。

「……魔界十二使徒の残りがこれだけいればなんとか回せていけるかもしれんな……」

「そうですね……そこは陛下やレゾーナ様の腕次第でしょう」

「……ハァ……」

「コーネフもよろしく頼むぜ」

「うぅぅ……なんだか知らないけど……やるしかないよね……」

 魔界十二使徒の生き残りが結集し魔界復興はここから本格的に進んでいくことになるだろう……



SS編 魔界編 完


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コワレタセカイ ノ モノガタリ ~ヒゲキノセカイ 調査編~


「ネレイス、大丈夫だったかい?」

「あはは……なんとかね……でも酷い目に遭ったよ……」

「すまないね、しばらく神界を留守にしてて」

 ネレイスがコワレタセカイに踏み入れてから数日が経った。しばらくは安静を指示されていたネレイスもようやく動けるようになってきた頃合いになってランディがネレイスの元にお見舞いに訪れていた。ラヴィスの話によればランディはしばらく神界を留守にしていたようである。

「……独自に調査をしてたんでしょ?どこ行ってたの?」

「冥界だよ」

「冥界かぁ……」

 これまでの調査でコワレタセカイは4つあり、それぞれ天・精霊・冥・魔の四界にまつわるものであることが分かっている。これまで将軍とラヴィスが訪れたコワレタセカイは天界と精霊界にまつわるところであったために残るは冥界と魔界である。ランディは今回の場所が冥界にまつわる場所であろうと山をはっていたらしく、冥界に泊まり込みで様々な調査を行っていたのである。

「……で、何か分かった?」

「……残念ながら……」

「そっかぁ……」

 そのランディが収穫なしで戻って来たというのがネレイスにとっては残念であった。これまでにもランディが情報収集を行った際には決まってなにかしらの有力情報を掴んで来ていただけに、今回はここまで得られた情報はほぼなしということになった。

「……第一まだ冥界とは決まったわけじゃないからね」

「うん……引き続き精霊達には調査をお願いしてるし魔界の方にも何か分かったら教えてくれるように連絡は入れたから……」

「……また情報待ち……か」

 収穫がなく完全に調査は行き詰ってしまった。仕方なく再び情報待ちとしようとしたところで部屋の扉がノックされる音が聞こえて来た。

「んー?誰?」

「……冥界王リッチだ」

「リッチさん?いいよ、入って」

 訪れたのは冥界王リッチであった。闇色のローブにフードを目深にかぶったいつもの風貌であったが、その手にはファイルのようなものを持っていた。

「リッチ……それは……」

「ネレイスの体から採取された胞子の分析……完了した」

「胞子……?」

 胞子と言う言葉にランディは首をかしげた。ネレイスが調査に向かう前に冥界に向かい、リッチも胞子の分析を行っていることについては一切触れていなかったのである。

「……どうだった?」

「……恐らく“星の病”で間違いないだろう」

「星の病……?」

「冥界の古文書にその話があった。神界の古文書にもその記録が残っていた。調査結果の精査と古文書の解読に時間はかかったが……これで確証を持って言える」

 そのリッチがネレイスがコワレタセカイから持ち帰った胞子が“星の病”と呼ばれる病気のものであるという情報がもたらされた。その後リッチから“星の病”についてのより具体的な内容が話されていった。
 星の病とはその名の通り星――1つの世界そのものにかかる病気らしく、その症状は様々なようであるが、そのほとんどは菌やウィルスに侵されたような状態になるとされている。そして基本的に発症してしまった場合治療する事は不可能だと言われている不治の病なのだそうだ。古文書にも該当する話はちらほら見られたが、そのすべてがやがて世界の滅亡に至っていたのである。当然それらの世界は滅亡後再構成されて残ってはいない。
 
「……不治の病……かぁ」

「それはそうだろうね……星にかかる病……これまでの2つの世界から考えるにそれがその世界の精霊にかかったのだろうからどんなにそれが薬とかで治せる病気であっても治しに行けない」

 コワレタセカイはいずれもその世界の名を冠した精霊に起きた異変により変質してしまっている。この“星の病”もそれと同じなのだろう。

「……リッチさん、ところでこの病気って普通なら治せるの……?」

「……治療薬は今精製中だ。未知の病の治療薬調合にうちの研究者は張り切ってるからな……そんなに時間はかからないだろう」

「あはは……流石冥界の研究者だね……」

「治療薬だけではない。ワクチンの精製も行っている……その世界に蔓延している菌やら胞子やらから身を守れないと探索もままならないだろう……」

「あ、そうだよね……」

 リッチはその世界に蔓延する病気へのワクチンも準備をしようとしていた。ワクチンがなければ先のネレイスのようにあっという間に侵され探索どころではなくなってしまう。

「……再探索はそれらが完成するまで待った方がいいだろう。それまで“カギとなる存在”でも探しに行ったらどうだ?」

「……そうだね……」

 これまでは一度世界を探索してからカギとなる存在を探しだし、再度突入するという流れであったが今回は世界の探索無しにカギとなる存在と共に突入してからゆっくり探索するという流れになりそうだ。

「……でも神界に住む冥界の関係者なんてあたしよく知らないけど……」

「そこは地道に調べるしかないだろうね……冥界の方からも調べてみたいけど……」

「そこは私もあたってみよう」

「リッチ、お前は薬の調合が……」

「生憎私の管轄外だ。ここにこられているのも私が研究に携わってないからというのもある」

「……そうかい……じゃあ冥界の方はリッチに任せるよ」

 こうして今後の方針は決まった。後は各々行動を開始するだけである。





「……すみません……プリローダのこと以外は……」

「んー……そっかぁ……」

 ネレイスはまずノエルの元を訪れていた。先のプリローダの件からノエルが冥界のカギとなる存在について心当たりが無いか確認をしておきたかったのである。しかしやはりノエルはプリローダのこと以外については何も知らないようであった。

「じゃあ神界に住む冥界人に何か心当たりない……?」

「……それも……“何かしら特異な”ですよね……?」

「うん……」

 これまでカギとなった人物はレミエルとプリローダであったが、レミエルは“翼を失った天使”であり、プリローダは“視覚を失った精霊”であった。となれば今回も“何かを失った”冥界人ということになるだろう。

「……冥界人はその姿が特異的なものが多いです……なかなか判別するのは……」

「うーん……」

 冥界人は闇、霊、屍の3系統あることはリッチから話を聞いており、体の欠損度合いによって闇と霊、屍の体に分けられるようである。冥界人となる際に体に欠損がない場合にのみ闇の体を選ぶことができることから、特異な存在を考える上で一番可能性が高いとすれば“体に何かしら欠損のある闇の体を持つ冥界人”ということになるだろう。

「……やっぱり冥界に行かないと情報がないのかなぁ……」

「……私もできる範囲で協力します。冥界人についての情報を集めておきますので……」

「ありがと、ノエル様」

 プリローダの件でネレイスから厳しい追及があったためにノエルは協力的であった。ノエルはすぐに神界にいる冥界人のデータを揃え始めていった。手際良く仕事を始めたノエルの様子を見てネレイスはそっとノエルの部屋を後にした。

「……どうだった?」

「……ノエル様はやっぱり知らないって。そこは信用していいと思う」

「……ネレイスがそう言うなら……そうしておこうか。とりあえず……」

 ネレイスが部屋から出ると部屋の前ではランディが待っていた。ランディも一度ノエルから話を聞こうとしていた様子であり、ネレイスの姿を見ると色々と聞き始めた。

「……ふむ」

「ランディさんはどう思う?」

「……特異な冥界人……だね。確かに“体に何かしら欠損のある闇の体を持つ冥界人”という推測をするのが自然だろう」

「……ただ……その様子だとランディさんの読みは違うってことだね」

「……レミエルの時もプリローダの時もただ単に体の一部を欠損していただけではない」

「……もとの世界にいられなくなった……?」

「……そういうこと」

 レミエルは十翼となったことで天界での地位を失った。プリローダは負の気の呪いによりその顔は崩れ落ち居場所を無くした。ランディはカギとなる存在が“元の世界での居場所を失っている”ことにも着目していたのである。

「……冥界はどんな存在でも受け入れてもらえる。“居場所をなくす”なんてことは普通起きないはずなんだけど……」

「……それほど嫌われる存在だったか……あるいは……」

「その身にある“何か”のせいで近寄ることができなくなったか……だね」

 そう口にしたランディも、そしてネレイスも、なんとなくその原因に心当たりがあったようである。

「……でもあれって……」

「……“感染しない”はずなんだけどね」

「……じゃあ誤解……」

「……風評被害というのは恐ろしいものだからね……あれだけ見た目が不気味だと……」

「……冥界人であっても避けるようになっちゃう……か」

 ネレイスがコワレタセカイより持ち帰った不気味な胞子。それに侵された冥界人がいればそれがカギとなる存在である可能性が高い。

「……そして神界でも人目を避けて生活していると考えれば……」

「……どこか広いところ……?」

「……神界で人がいない広い所となれば限られてくるよね……」

「……“あそこ”だね?」

「そうだね」

 その流れで行けばその存在がどこにいるであろうかもすぐに想像がついた。

「……どうする?」

「……あたしはちょっとリッチさんにも確認を取ってみるよ」

「じゃあ僕は“あそこ”にでも行って気になる存在がいないか見てくることにするよ」

「お願いね」

 確かな情報こそまだない、推測段階ではあるものの2人はなんとなくあの世界の謎を解くための糸口を掴んだような気がした。そしてそれぞれが確かな情報を得るためにその場を後にしていった。



~ヒゲキノセカイ 探索編に続く~


ブログ開設4周年記念特別SS SSs(ショートストーリーズ) 天界編 ~十二聖女、出撃!~


「……なかなか厳しいですね……」

 降り注ぐ光を背に受けて3体の竜種と対峙していたフィアの表情は明らかに辛そうであった。そもそも相手は単体での撃破は厳しいと言われるSSクラスの竜種。それを3体同時に相手にすることはネレイスであっても厳しいのであるが、それをフィアは互角と言ってもいいくらいのレベルで押し留めていた。もっとも“押し留めている”だけではあるのだが応援が来るまでの時間稼ぎには十分である。

「……この光を受けることでなんとか持ちこたえてますが……」

 竜種3体を押し留めるには当然それだけ強大な力を必要とするが、純光のフィアと称される彼女が放つ光はそれをも可能にしていた。闇を照らす光は魔族にとっては大きな力となるが純粋な光というものはそれ自体が猛毒のようなものであり、ありとあらゆるものを滅する破滅の刃となる。それは聖女であっても例外ではない。先程からフィアは受けた光を再び魔力に置換するためこれを受け続けているので体にかかっている負担は相当なものである。

「……まだ……援護はないのでしょうか……」





 天界第2聖女である彼女ではあるものの、普段は魔界魔族観測所の副所長として所長のミーナの補佐をしている。そのためフィアが戦闘に駆り出されるときは基本的に人手が足りない時になる。今回もフィアが駆り出されたのは人手が足りなかったからなのだが、少し事情は特殊であった。

「竜種の同時多発発生だなんてただごとではありませんね……」

 予兆も特になにもなく、ただ突然に竜種が各世界に現れ始めた。最初観測所としての見解は魔界側の大規模な作戦開始だと踏んでいたが、やがてただ単純に各地の竜種の動きが活発になっただけだということが分かった。しかしそれでも異常事態であることに変わりはない。すぐさまSkyBlue全体に出撃命令がだされていき、ラヴィスや将軍といった主力メンバーは速やかな殲滅を目指して各々倒しやすい相手から狙いに向かっていった。だが当然ながらそれだけでは圧倒的に人手が足りない。それに今回は主力メンバーであるルミナスは出撃できないのもかなりの痛手となっていた。

「ミーナさん、私たちにも直接出撃要請がかかりました……どうしましょうか」

「……出るしかありませんね……正直私たちが揃って観測所を空けるのは心配ですが竜種の放置はもっと危険です……」

「……竜種と戦えないルミナスさんには私の代わりに補佐をお願いしようと思います……」

「分かりました、では先に向かっていますよ」

 普段はサポートメンバーである観測所のミーナとフィアもこの状況では出撃せざるを得なかった。特にフィアはルミナスの代わりとして主力級の活躍をしなくてはならないという重圧もかかっていたのである。ミーナの出撃を見送ったフィアはその後ルミナスに連絡を取り観測所のサポートをお願いすると自身も出撃していった。

「まずはこいつを……」

 フィアが向かった先には一般的な竜種が1体。体長もさほど大きくはなく、Sランク程度の相手であった。SkyBlueの主力クラスであれば単独での撃破も難しくない相手からフィアは片づけようと考えていた。

「奇襲をかけます!」

 相手がまだ気付いていないうちから決着をつけようとフィアは光の翼を展開し一気に背後から迫っていった。接近しながらその右手には光の剣を創り出していく。

「天界聖女の威光を示せ……一撃必殺!シャイニングブレイカー!!」

 竜がフィアの接近に気付いた時には既に大きな光の剣が降り下ろされていた。天界屈指の魔力を誇るフィアの放つ集束された一撃は奇襲をかけたこともあり宣言通りの一撃必殺で竜を葬り去った。

「……こんなものでしょうか」

 フィアは一瞬で光の翼を消すとすぐさま次の場所へと向かおうとした。

「……フィアさん、待って下さい」

「ルミナスさん?」

 そのフィアをルミナスが通信機の向こうから呼びとめた。

「……追加で竜種の反応を確認しました……3体です」

「3体……それは……」

「……ランクSSの火竜種が3体……先の相手とは格が全然違います……」

「……やるしかありませんね」

 ルミナスによってもたらされた情報は正直絶望的なものであった。しかしこの場に居合わせてしまった以上引き下がることはできない。覚悟を決めたフィアは冒頭の展開へと持ち込んでいったのであった。



「……そろそろ……もちませんよ……」

 しかしそれも限界に近付いていた。これ以上続けたとしても足止めできるのは数分であろう。

「……ここはもう……打って出ます!」

 フィアは残る魔力をさらに集束させ1体の竜へと注いだ。足止めで与えていたダメージ分と合わせてようやく1体の竜を打倒す事には成功した。しかし1体だけである。足止めの解けた残り2体の竜がフィアに向かって近付いてきている。しかしフィアは先の一撃でほぼ動くことはできない。

「ルミナスさん……私は限界です……皆さんに……後を……」

 フィアは観測所への通信を開き最後にそう言った。交戦中にも何度か通信を試みたのだがルミナスからの応答は一切なかった。普段観測所の運営には携わっていないルミナスが所長、副所長不在に加えて多忙な状況である観測所の収拾に忙しくそれどころではなかったのだろうと思っていた。そしていよいよ2体の竜が目の前にまで迫って来ていた。

「…………将軍様」

「……あーもー……そうやってあっさりやられちゃ困るのよねー……」

 そこに気だるそうな女性の声が聞こえてくると虹色の閃光が2体の竜に降り注いでいった。その光と声にフィアは心当たりがあった。

「……そんな……イーリス……様……?」

「……もーさー、なんでわたしが加勢にこなきゃいけないわけー?」

 天界の誇る最上位の階級、天界十二聖女。その中でも第五聖女と高位の存在であるイーリスが虹色の煌めく光翼を広げてフィアの目の前へと降り立った。当然SkyBlueのメンバーでは無く、何より天界宮殿から外に出る事はないとまで言われているほどの出不精であるイーリスがこの場にいることにフィアは驚きを隠せなかった。

「……イーリス様……」

「……仕方ないでしょー?ルミナス様に加勢してって頭下げながら言われちゃったら従わないわけにはいかないじゃん……」

 ぶつぶつと不満を口にしながらもイーリスは竜種の注意を自分へと引きつけていた。普通戦場にでることなどあり得ないイーリスであるが、第五聖女の位を持っていることからその戦闘能力は申し分はなかった。イーリスの放つ虹色の光は有効打にこそならないものの確実に竜種の体力を削っていっていた。

「あーもー……やっぱめんどくさーい……ねー、まかせちゃってもいいー?」

「……もう少しお力添えを願いたい、イーリス様」

「私たちもサポートしますから」

「むー……」

「その声は……!」

 さらにフィアの後ろから2人の声が聞こえてきた。やはりフィアにとっては聞き覚えのある声であった。

「ヴァレリア様……それにラヴェンナ様……!?」

「フィア様。後は私たちにお任せ下さい」

「……どうして……」

「……ルミナス様が加勢をお願いしてきたのです」

「人手が足りないとのことでしたので……」

 天界十二聖女の第六聖女、ヴァレリア。並びに第七聖女のラヴェンナまでもがルミナスの要請により加勢にやって来ていたのだった。

「……天界十二聖女が3人も来て下さるなんて……」

「ふぉっふぉっふぉ……もう1人忘れんでいただきたいのぉ」

「えっ……グランエル様!?」

 さらにヴァレリアの隣に仙人風の男が男が現れていた。彼も十二聖女の第十聖者にあたる存在であるグランエルであった。

「老骨故あまり役には立たんかもしれんがの、少しでも力にはなれるじゃろうて」

「これで十二聖女が4人……竜種2体を相手に戦力的には十分すぎるだろう」

「そうねー、これで私も楽できそうだし」

「では……行きましょうか!」

「ふぉっふぉっふぉ、ワシらの力を見せつけてやるとするかの!」

 フィアの前にずらりと並んだ十二聖女。その姿が今のフィアにとってはものすごく心強く映っていた。

「さぁ、みなさん!頑張って下さい!」

 まず動いたのはラヴェンナであった。踊り子装束の彼女は支援系の光気を得意とし、味方全体の士気を高揚させてくれる。この支援効果によってもっとも戦闘能力が上がるのはヴァレリアであった。

「私が切り込む!」

 立派な騎士槍を振るう勇壮な姿が天界内でも非常に評判の高いヴァレリアはラヴェンナの支援光気を受け鋭い一撃を放った。その一撃は片方の竜の腹を鋭くえぐり有効打となったようである。

「もー、ちゃんと一撃で仕留めなさいよねー……」

 それでもなお倒れ伏さない竜にイーリスが追撃を放った。至近距離まで近づき集束した虹色の光線を撃ち込んだ。深手を受けていた竜を仕留めるには十分であった。しかしその間ノーマークとなっていたもう1体の竜がイーリス目がけて爪を振り下ろしていた。

「じーちゃん!」

「ほっほっほ、言われんでもわかっておるわい!」

 そのイーリスを護るような形でグランエルの守りの光気が展開され竜からの攻撃を防いだ。このあたりの連携も全くぬかりがない。

「攻める!」

「今度はばしっと決めてよねー」

 攻撃がはじかれたことで隙ができた竜の脇腹に今度はヴァレリアの一撃がクリーンヒットした。聖女ら4人の連携でフィア1人では到底相手にしきれなかった竜2体をいともたやすく蹴散らしてみせたのだった。

「……すみません……お手数おかけしました」

 横になったままのフィアが集まった面々に声を掛けた。

「ふぉっふぉっふぉ、なぁに構わんよ」

「言ったでしょー?ルミナス様に言われて仕方なくなんだから……」

「……あれほどお願いするルミナス様は珍しいですし……」

「……そうだな……」

 どうやらルミナスと連絡が付かなかったのは天界に戻り十二聖女に加勢を要請していたのだろう。人手が圧倒的に足りない今、使えるものは徹底的に使おうとした結果なのであろう。

「……さ、ここからは我々がフィア様の仕事を引き受けよう」

「えー……私もう帰るー……」

「ふぉっふぉっふぉ、まだルミナス様に依頼された仕事は片付いておらんよ」

「イーリス様のお力にまだまだ頼らなくてはならないですから頑張りましょう」

「……むー……やっぱ断ればよかった……」

 相変わらずイーリスだけは乗り気ではないようだが他の3人の聖女たちに促され渋々協力を続けるようにしたようである。

「それではフィア様、ゆっくりお休みください」

「……そうはいきません……戦うのは厳しいですが……観測所に戻って指示を出すことくらいはできますから」

 その様子を見てフィアも体を起こした。他の聖女たちにここまで仕事をしてもらうからには自分もそれなりの仕事をしなくてはならないという気持ちに駆られていた。

「ふぉっふぉっふぉ、相変わらず無理が好きよのぉ」

「……こうなっては休んで下さいと言って休むものではなかろう。仕方あるまい……」

「では皆さん……行先は私が指示しますので……どうかよろしくお願いします」

 そしてフィアは一足先に転移魔法で観測所へと戻っていった。戻った際に観測所は大分混乱をきたしていたようであったが、その後フィアの的確な指示により観測所の機能は回復。それにより効果的な指示が飛ばせるようになったことと、加勢に来てくれた天界聖女たちの大活躍もあり、今回の竜種大量発生の事変は終息に向かっていった。そしてこの事変はSkyBlueの面々にとっても改めて天界聖女の実力を再確認させられるものとなったのである。



SSs 天界編 完


コワレタセカイ ノ モノガタリ ~ヒゲキノセカイ プロローグ~


「じゃあ行ってくるよ」

「ああ、気を付けて行って来い」

 神界の転送装置前で出撃前のネレイスをラヴィスが見送っていた。

「……いよいよあたしの出番かぁ」

「まぁ残り2箇所のうちどちらかは当然お前が出ることになるだろう」

「だよねー」

 今回の目的は戦闘では無く、探索である。それも特別危険な個所だとされているところである。“コワレタセカイ”と呼称されるそこはこれまで2箇所、それぞれ将軍とラヴィスによって探索が行われた場所であり、そのいずれもが世界の原型をとどめていないほどまでに崩壊が進んでおり、そこで何が起こるか一切分からなかった。今回ネレイスが訪れる事となったコワレタセカイはネレイスが調査の為派遣した精霊達から情報がもたらされたのであった。あらゆる世界にいるとされている精霊たちを介した精霊界の情報網は驚異的なものであるのだが、その情報網をもってしてもこの世界の特定には相当の時間を要したのだからこのコワレタセカイがいかに長い時の中で埋もれ忘れ去られていた場所なのかがうかがい知ることができた。

「ところでランディさんは?」

「ん?そういや見てないが……どうやら神界からも外しているらしい」

「独自に調査を進めてるのかなぁ」

「……まぁ世界の謎を解き明かすようなことをしてるわけだからな、あいつとしても楽しくて仕方ないんだろ。全く……あいつが行けって言ったのに出撃時に顔を出さないとか薄情なやつだ」

「まぁまぁ……」



「ランディさん、コワレタセカイの座標が1つ特定できたよ!」

「そうか……」

 出撃の前日、ネレイスはランディのところへ報告に行っていた。その時ランディは古ぼけた古文書の山を片端から見ている最中であった。

「……ネレイス、出撃をお願いできるかい?」

「え?うん、別にかまわないけど……」

「助かるよ。僕はちょっと調べ物ができちゃってしばらくはそっちにかかりきりになりそうだから」

 ランディは書物の山から目を離さずに言った。そこまでして調べてることにネレイスも興味があったが書物にかかれている内容は古代言語のようなものでありすぐに把握するのは困難であった。

「……とりあえずこれだけは言っておくよ……十分に気をつけて」

「え?あ……うん……」

 そう言って再び古文書の解読に戻ったランディにネレイスはこれ以上声をかけることはできなかった。



「座標軸C685-11……っと」

 ラヴィスが見守る中ネレイスは転送装置に座標軸を入力した。入力された座標軸はいつもより長めの読み込み時間がかかったが無事に認証されたようである。

「……ふぅ……転送!」

 そして軽く一息ついてからネレイスは転送装置を起動させた。やはり通常の転送とは違いやや時間はかかったようであったがそれでも目的の座標へと送り届けて行った。





「……クルシイ……タスケテ……」





「ふぅ、到着……っと」

 ネレイスが降り立ったのはどこかの市街地のようであった。石畳が敷かれ多くの民家のようなものが見える。

「……あれ……?」

 それだけ見れば他の世界とはなんら変わらないはずである。だがしかしこの世界は明らかにおかしかった。

「……何……?この靄みたいな……」

 辺り一面に緑や紫の靄のようなものが立ち込めていて視界は非常に悪かった。あちこちに苔とも黴ともとれるような物体で覆われているということは……

「……!!げほっ!ごほっ!」

 その瞬間にネレイスは苦しみだした。今この空間を漂っているこの靄は恐らく胞子や菌糸の類なのであろう。精霊の加護を有しているネレイスであったが空気中の異物を抑えて呼吸することは生身の状態ではできなかったため吸入してしまった粒子が呼吸を妨げてしまっているのであろう。さらにネレイスの体にも苔のようなものが生え始めてしまっていた。

「……ラヴィ……ス……」

 そのままネレイスはその場に倒れ伏した。胞子を巻き上げ倒れ込んだネレイスはそのまま動かなくなってしまった。










「しっかり!しっかりしてください!ネレイスさん!!」

「……ん……」

 ネレイスが目を覚ましたのは神界宮殿内にある普段ネレイスが体の状態をチェックしたり万一の際に転生が行われる部屋であった。その普段転生台と呼ばれる場所の上で泣きそうな顔のノエルが心配そうに叫んでいるのがまず目に入った。

「ノエル……様……?」

「!!ネレイスさん!よかったぁ……」

「……あたし……やっぱりあのまま……」

 おぼろげに見た先の世界の光景と自分の身に起きた異変。そして今置かれている状況から察するに自分はあの世界で死んだ、訪れて10秒もしない間に胞子に侵され死んだものだと思っていた。

「……ラヴィスさんが血相変えて担ぎ込んで来たので何事かと……」

「……え……あたし死んだんじゃ……」

「……起きたか……全く……」

 状況がまだいまいち呑み込めていないところに担ぎ込んできたというラヴィスがやってきた。ぱっと見では平静さを保っているように見えたが、ネレイスにはラヴィスが相当慌てており心配してくれていることが分かっていた。

「……何があったの……?」

「……それはこっちのセリフだ。お前が転送されてったのを見送って立ち去ろうとしたら突然胞子まみれのお前が送り還されてきたんだよ……」

「……そうだったんだ……ってその胞子吸いこんだら危ない……!」

「……メリアス様からのメディカルチェックは受けた。問題ない……それにお前の体についていたのはまだ胞子を出さないやつだ。だから宮殿内にその胞子が飛散していることもない」

「そっか……よかったぁ……」

 もし仮にネレイスが胞子をばらまきながら神界へと戻されていたら今頃宮殿内は大混乱に陥っていたであろう。そうはならなかったことにとりあえずほっと胸をなでおろした。

「とりあえずネレイスさんの体についていた胞子はサンプルとして採取しました……しばらくはこれを分析して今回行った世界の手掛かりを探ろうと思います……」

「ひとまずお前は今は療養してろ……」

「うん……ごめんね……そしてありがと」

 こうしてひとまずこの世界の件は一旦情報収集待ちとなった。足を踏み入れただけで死に至るような世界はこれまでに例がなかった。それほどまでに今回のコワレタセカイが危険な場所であることをネレイスは身を持って体感したのであった。


~ヒゲキノセカイ 調査編に続く~


ブログ開設4周年記念特別SS SSs(ショートストーリーズ) ミディア編 ~鎧神のお食事~

「マスター、おかわりお願いします」

「はっ……はい、只今……」

 その一声にその食堂内は俄かに騒然としてきた。それも無理はない。声を上げた主は一見そこまで体の大きい女性ではないのだが、その彼女の周りには既に平らげた後の2枚の大皿が並んでいた。そしてマスターが運んできた新しい大皿にはおよそ3人前のカレーが乗っていたことから既に彼女はおよそ6人前くらいのカレーを平らげたことになる。そうともなれば店のマスターだけでなく偶然居合わせた客からも驚きの声が上がるのも無理はない。このような異様な光景にも至って平常心を保っていたのはそんな彼女の隣で1人前のカレーを食べていた男だけであろう。

「もぐもぐ……」

「……騒がしくなってきたね」

「……そうですね……どうしてでしょうか……?」

「……自覚ないんだね……やっぱり」

 男は呆れたように軽く溜息をつくと皿に残ったカレーをスプーンですくって口に運んだ。これで男はカレーを完食したことになる。大分ゆっくり食べていたせいもあるが、それを考えても既におよそ6人前を平らげた女性の方はすさまじいスピードで食べていることになる。

「……いいかい、ミディア。普通の女の子はこんなに食べれないからね……というより男でもこんなに食べる人は珍しいよ」

「あぅ……で……でもランディさん!だってここのカレーは美味しいって有名なんですよ?そんなところでカレーのチャレンジメニューなんてあったら……」

「……別に普通のカレーを多く注文すればいいじゃ」

「ここのチャレンジメニューを制覇できれば1年間カレーが1回の来店に1食限りですけど無料になるパスをもらえるんですよ!これは挑戦するしかありません!」

「…………」

 ミディアの言葉にランディはついに何も言い返せなくなってしまった。ミディアは傍から見れば少し控え目で少し抜けたところのある女性であるが、SkyBlue内では最強の守備力を誇る重装騎士である。決して大きな体ではないものの体を張ってみんなを護る為にたくさん食べることで力を得て来たのである。

「……もうちょっと……!」

 そしてついにミディアは最後の一口を運んだ。この店のチャレンジメニューであった10人前カレーをミディアは制限時間内に見事平らげて見せた。

「ふぅ……」

「お……お見事です……女性でこのメニューを完食したのは貴女が初めてですよ……」

「それは……光栄です」

 驚くマスターを尻目にミディアは綺麗に口を拭いていた。その顔は非常に満足げである。

「それでは……」

「冗談じゃねぇぞ!」

「ん……?」

 そしてお店のマスターがミディアに賞品のフリーパスを取りに行こうとした瞬間に男のどなり声が聞こえてきた。一瞬にして店内は静寂に包まれる。

「……すみません……」

「濡れちまったじゃねぇか、どうしてくれるんだよ!」

「すぐにお拭き致しますので……」

 どうやらウエイターが持っていた水をお客さんにこぼしてしまったようである。そのお客が明らかにガラの悪そうな男だったので一悶着になってしまったのだろう。

「……あぁ……あれはうちの常連さんなんだけど……結構外では評判悪いと有名なんですよ」

「……水をこぼされただけであれとはね……」

「ご飯が堅いだの具の割合がおかしいだの細かいところまでうるさく言われてしまうのでこちらとしても大変なんですよ」

「そんな……」

 2人が様子を見ている間にも男はウェイターを怒鳴り散らしていた。

「……しかもルーに水が入っちまったじゃねぇか、こんなカレーもう食えるか!」

「!!」

 そしてついに男はウェイターに向かってカレーの皿を投げつけてしまった。

「さっさと新しいの持ってこいよ」

「……っっ!!」

「おい、ミディア!」

「……あなた、何をしているんですか!?」

 それを見たミディアはランディが制止する間もなく飛び出していった。普段は控えめで戦闘時も気持ちの強さを感じることこそはあれ、感情的な言動はほとんど見せないミディアがここまでも怒りをぶつけるようなことはランディにとっても珍しく驚きの様子を隠せなかった。

「あぁ?姉ちゃんなんだ?」

「……ここのカレーを粗末にするなんて許せませんよ!」

「粗末にしたのはこいつだろ?水ぶっかけやがって……」

「水が入ってもカレーは食べられます。でもこうして投げ捨てられたらもう食べられません!」

「煩ぇな……おい!お前ら!」

「へい!」

 男はそういうと一緒に来ていた子分を2人ほど呼びだした。どちらも屈強そうな見た目をしていて明らかに傍から見ればミディアに勝ち目はない。

「……マスター、デッキブラシとかモップを2本ほど用意してもらえるかい?」

「は……えっ?」

「……どう見ても一勝負起きそうな雰囲気だろう?頼むよ」

「畏まりました……!」

 マスターが店の奥に入っていくのを見送ってからランディも席を立った。

「……やれやれ……騒がしいね。それに大の大人3人で女性1人に手を上げようとするなんて」

「あぁ?外野は引っ込んでろ」

「……ランディさん。下がっていて下さい……これは私の戦いです」

「……そうかい?じゃあミディア。くれぐれも“やりすぎないように”ね」

「……はい」

 そう言うとランディは大人しく引っ込んでもとの席に座った。

「やっちまえ!」

 まずは子分の男1人がミディアに殴りかかった。その攻撃をミディアはかわすことなく受け止めた。

「…………」

「……ってぇ!」

 ミディアの頬に入った男の拳はまるで鋼を殴ったかのような衝撃を受けていた。一方のミディアは軽くよろめいただけでさほどダメージを受けたようには思えない。

「……そんなものですか?」

「……テメェ何者だ!?」

「……ただの客ですよ……ここのカレーが大好きな!」

 今度はミディアが殴りかかりに行った。男はミディアの腕を捕まえて止めようとしたが信じられない力強さで止める事はできず、殴り飛ばされ床に転がった。

「……チッ……」

 只者ではないと悟った男は懐からナイフのような物を取り出した。流石にミディアもそれを見てうっとおしそうな表情に変わる。

「外に出ましょう。……お店の中でこれ以上暴れたら迷惑ですから」

「……いいだろう、外に出るぞ」

 ミディアの提案に男も乗り、外へと出て行った。そのタイミングでマスターはモップを2本持って戻って来ていた。

「ありがと。今外で喧嘩することになったみたいだから僕がちょっと行ってくるよ」

「あ……」

 ランディはマスターからモップを受け取るとすぐに外へと向かっていった。ミディアが外へ行こうと提案した瞬間に外に子分が集まっているであろうことは容易に推測がついていた。流石のミディアも素手では多数を相手にするには無理があるはずである。

「……やっぱり」

 窓から外を見るとやはり予想通りミディアは多数の子分に囲まれて苦戦しているようだった。

「……やれやれ、こんなことじゃないかと思ったよ」

「ランディさん!?」

「ミディア、外に出ようという提案自体は正しいけど……当然こういう展開になるってことは想像できたよね?」

「……それは……」

「……全く。まぁミディアらしいけどね」

 そう言うとランディは近くにいた子分をモップの柄で殴り倒すとミディアにもう1本のモップを投げて渡した。

「……さっきの……邪魔するんじゃねぇよ」

「流石にこの大勢で女の子を襲うのは感心しないからね、加勢させてもらうよ」

 そしてランディはミディアと背中合わせになった。目の前にはナイフを持った子分が5人ほどいる。

「……こっちは5人……か」

「私は6人です」

「……行けるかい?」

「……行けます」

「じゃあ……さっさと決めちゃおうか」

 そう言うと2人は同時に攻勢に移った。槍の扱いを得意とする2人にとって“柄の長いもの”は何でも武器になってしまう。モップはさらに視界を遮ることのできる効果も併せ持っているため非常に扱いやすい道具であった。そしてあっという間に2人は子分たちを殲滅させてしまっていた。

「……くそ……」

「……さ、どうするんだい?」

「……」

 完全に旗色の悪くなった男はその場から逃げだそうとした。

「……逃がしません……!」

 しかしミディアがそれを許さなかった。ミディアが投げたモップは男の足を捉え、バランスを崩し転んだ男にもう一度拾い上げたモップで追いうちをかけた。

「……これくらいにしてあげます。これに懲りたらあんなことはもうしないで下さいね」

「……くそっ……覚えてやがれ!」

 ミディアにコテンパンにやられ男は一目散に逃げて行った。

「……ふぅ」

「……お疲れ様、ミディア」

「ランディさん……ありがとうございました」

「さ、もどろうか」

 それを見送り2人は店内へと戻った。

「……終わりましたか」

「はい。……すみません、お店のカレーを台無しにされて私……黙っていられなくて」

「そう言って頂けるのは大変光栄です……ではこちらを……」

 店内ではマスターが出迎えてくれ、ミディアに1年間のフリーパスを手渡してくれた。

「ありがとうございます……また来ますね」

「お待ちしていますよ」

「さ、じゃあそろそろ戻ろうか」

「あ、ランディさん!」

 お金を払い帰ろうとしたランディをミディアは呼びとめた。

「……さっき体を動かしたらお腹少し空いちゃって……カレーの大盛りを食べたいです!」

「……えっ?」

 ミディアの言葉にランディはマスターと思わず顔を見合わせてしまった。

「……か……畏まりました、すぐに用意致します」

「……ミディア、本当によく食べるね」

「本当にここのカレーが美味しいということです!」

 その後ミディアは運ばれてきた大盛りのカレーをゆっくり味わいながら平らげた。その様子を見たランディは苦笑いをしていながらも微笑ましそうな様子だったという。



SSs ミディア編 完


プロフィール

Author:ラヴィス
パソコン使えないくせにブログに手を出した愚か者。
……温かい目で見てもらえるとうれしいです。

毎週月曜に大小の違いはあれど更新中です。

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