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ブログ開設4周年記念特別SS SSs(ショートストーリーズ) レイン編 ~亡き母の思い出~


 そこは小川の流れるのどかな平原だった。暖かな日の光が差し込み穏やかな風が吹き抜けるこの場所に2人の人影があった。片方は立派なローブ姿の女性でもう片方はその子供と見られる小さな女の子だった。まだまだ4~5歳くらいと思われる小さな女の子は母親の手をしっかりにぎって楽しそうに散歩をしていた。

「おかーさん!」

「……どうしました?」

「つぎはあっち!」

 幼い子は母親の手を引っ張りながらまた別の方向へと連れ出していった。その最中に母親と繋いでいた手は次第に離れてしまったが幼い子は気にせずに駆け出して行った。

「ふふふ……」

 そして無邪気な我が子のその様子を母親は微笑ましそうに見ていた。

「あ、きれいなおはな!」

 一人駆け出して行った幼い子の目に小さく綺麗な花が咲いていたのに気付くと今度はそちらに目がけて駆け出して行った。

「おかーさん、これ!」

 そしてそれを何輪か摘んで母親にプレゼントしようとした。

「……あれ……?」

 しかし母親の姿はもうどこにもなかった。さっきまでいたはずの場所にその姿は無く、どこかへ立ち去ったような形跡も見られない。本当に忽然と姿を消してしまっていた。

「……ぅぅ……ぅぅ……」

 母親がいなくなり子供の表情は瞬く間に泣き顔へと変わっていった。そして……








「お母さんっ……」



 真っ暗の部屋の中で1人の女の子がそう声を上げてベットから飛び起きた。

「…………夢……」

 淡い緑色の綺麗な髪をした女の子は先程の出来事が夢であったことに安堵しながらも不安げな表情をしていた。

「…………」

 暗闇の中女の子はドアに手をかけるとそっと外へと向かった。部屋の外の廊下では月と星の明かりが仄かに射し込んでいた。その眼下には雲海ーーここは空の上の世界、天界の中心である天界宮殿であった。

「……ルミ様……」

 その女の子は行きな慣れた様子で廊下を進んでいき、そしてある部屋の前までやってきた。この天界で最も地位の高い天界女王ルミナスの部屋である。彼女はその部屋の扉をそっと開けた。

「…………」

 部屋の主ルミナスはぐっすりと眠りに入っていた。女の子が部屋に入ってきたことにも全く気が付いていないようである。

「……ルミ様」

 女の子はそれでもお構いなしにルミナスの布団の中へと潜り込むとそのままルミナスをぎゅっと抱き締めた。ルミナスはそれでも起きることはなかったが、女の子はルミナスを抱くと安心したのかそのまま今度は深い眠りについたようである。



「……んん……」

 ルミナスの目覚めは早かった。まだ明るくなり始めた頃合いではあったが一日の始まりを迎えようとしていた彼女はすぐに異変に気が付いたようである。

「あら……レイン……?」

 ルミナスを抱き締めるようにして女の子ーーレインが眠っていたのである。その表情はとても安らかで可愛らしいものであった。

「…………」

 ルミナスはレインの頭をそっと撫でてあげると再び目を閉じた。起きようとしたもののレインを起こしてしまうのは可哀想だと考えたためであろう。幸いルミナスは天界女王とはいえそこまで多忙な日々を送っているわけではなかった。多少朝長く寝ていたとしても誰も文句を言ったりはしない。今日の天界女王の一日は二度寝から始まることになった。



「……ん……」

 レインが目を覚ましたのはルミナスが一度起きてから大分経ってからのことであった。ルミナスを抱き締めてからは先程のような夢を見ることもなくぐっすりと眠れたようである。

「……起きましたか、レイン」

「……あ……ルミ様……」

「……またお母さんの夢ですか?」

「……うん」

 その様子を感じ取ったのかルミナスがすぐに声をかけた。二度寝してもなおレインより先に起きていたルミナスはレインを起こさないようにそのまま横になって時間を過ごしていた。そのルミナスはレインが何故ルミナスの部屋に来て寝ていたのか既に検討がついていたようである。

「……最近特に多いみたいですね」

「うん……」

 レインがルミナスの部屋に来て寝るようになったのは今日が初めてではない。勿論レインがまだ幼いというところもあるが、もう十分に一人で寝ることだってできるはずだし、これまでもできていたのである。それがここ最近は"寂しい"とか"怖い"といった理由でルミナスと寝るようになった回数がまた増えてきたのである。その理由がレインの母親の夢であることにも当然分かっていた。

「……ルミ様……」

「レイン……やっぱりお母さんのこと……今でも……」

「……うん……」

 レインは幼くして母親を亡くしていた。しかも目の前で……である。それが当時5才の時のことなのだからその衝撃は計り知れないものだったのであろう。

「…………」

 ルミナスがレインを拾ったのは彼女が12才になった時のことであった。その時には既に幼いながらも法撃士として仕事をこなしており、その才能をルミナスが見込んでスカウトしていたのである。勿論SkyBlueの戦闘メンバーとなることがどういうことなのかも伝えていたが、レインはそれを承知で仲間になってくれた。その条件に上げられたのはただ1つ、家族の安定した暮らしを保証することであった。今もレインの家族はルミナスが手筈を整えた財団の支援を受けて平凡に暮らしているようである。その後レインは一応ラヴィスとルミナスの養女という形で引き取られ、天界宮殿に部屋を用意してもらいこうして暮らしていた。SkyBlueの最年少として活躍をしながら母親代わりのルミナスのことはルミ様と呼び慕い、天界では聖女や聖者たちからも注目される存在となっていた。

「ルミ様……」

 不安げな声でそう言いながらレインはまたルミナスを一際強く抱き締めた。そのレインをルミナスは優しく撫でてあげることしかできなかった。ルミナスは自分がレインにとって"大事な存在"であることには変わりはないがそれが"母親"ではないと薄々感じていた。レインはルミナスのことを一度も"お母さん"と呼んだことはなかった。甘えられる存在であることに違いはないが、それでもレインにとって幼い時に失った"母親"というものからは外れたものとなってしまっていた。そこでルミナスはレインの母親について調べることにし、その結果あることが判明していた。彼女の母親は精霊となりレインを影ながら支えていたのである。しかしこのことをレインには言っていなかった。言わないで欲しいという母親の願いがあったからである。

「……レイン、疲れてたりはしてませんか?」

「……疲れてはいないと思うけど……あんまり眠れないことが多いから分からないだけかも……」

「……そうですか……」

 そのレインの母親が夜に時折レインの体を借りて活動していることもルミナスは知っていた。そしてそれが判明してからレインがルミナスと一緒に寝る機会が増えていたことも感じ取っていた。恐らくはレインの体を借りている際に寝ているレインには母親との思い出が夢になって見えているのであろう。

「……レイン、今日は私とお散歩しましょう」

「……いいの?ラヴィスさんと約束あったんじゃないの?」

「また今度にしてもらいます。ラヴィス様も……分かってくれるでしょうから」

 少しでもレインの気持ちを楽にさせようとルミナスはレインを外に連れ出した。外はもうすっかり明るくなり、天使たちが飛び交ういつもの天界の日常風景がそこにはあった。

「(ラヴィス様……すみません、今日の予定ずらしていただくことは可能ですか?)」

「(構わんが……何かあったのか?)」

「(ちょっとレインが……)」

「(そうか……分かった、側にいてやれ)」

「(ありがとうございます……)」

 ルミナスは精神を集中させ魔力による会話で今は神界にいるラヴィスと話した。一応ルミナスが母親代わりの存在であるためにラヴィスも父親代わりの存在になるのだが、レインは"ラヴィスさん"と呼んでおりルミナスほどの親密感は持っていないようである。ラヴィスはレインのことは基本的にルミナス任せであるが、戦闘に出るときは必ずレインのサポートを欠かさず行いそこでは頼れる一面をしっかり見せているようである。

「ルミ様……お散歩でどこ行くの……?」

「レインはどこへ行きたいですか……?」

「……レイン……あそこ行きたい……」

「あそこですね、分かりました」

 レインが言ったあそこのことはルミナスもよく知っていた。レインがSkyBlue入りたての頃からよく訪れており、何かあれば頻繁に足を運んでいたその場所。それはここ天界ではなく一般世界、顕界にあった。ルミナスは天界宮殿の転移装置の前まで来ると慣れた座標軸入力でその場所への転移陣を作り出した。

「じゃあ行きましょうか」

「うん……」

 そしてルミナスはレインの手を引きその転移陣へと入っていった。





「おかーさん!」

「おかーさん!」

「おかーさん!」

「はいはい……ちょっと待って下さいね」

 淡く長い緑の髪をした女性が3人の子供に囲まれていながら1人の赤子を寝かしつけていた。その背中にはさらにもう1人の赤子を背負っていた。総勢5人の子供の面倒を見なければならない母親であるその女性は非常に大変そうに見えたが、その顔はどことなく幸せそうに見えた。

「おかーさん、あそぼ!」

「あそぼあそぼ!」

「はいはい……レイン!」

「おかあさん、なぁに?」

 そう言うと少し離れたところで様子を見ていたレインがすぐに母親の側にまでやってきた。母親はおんぶひもをほどくと背中の赤子をレインにそっと抱かせた。

「レイン、悪いんだけどこの子とこの子を見ててもらえないかしら」

「うん、レイン、おねえちゃんだもん、できるよ!」

「お願いね……」

 レインが誇らしげにそう言うと母親も安心したようである。そして下の子供たちに半ば連れ去られていくような感じで外へと引っ張っていかれてしまった。

「…………」

 レインは6人もいるきょうだいの一番上であり、2人目の子供とは2つ年が離れていた。この時レインはまだ5才。しかしその環境からか母親も驚くくらいに下の子供たちの世話をするのが上手であり、こうして忙しい母親に代わり赤子をあやしたり下の子たちの遊び相手になったりとさながらもう1人の母親とも言えるような存在になっていた。

「……レインも本当はもっとおかあさんといっしょに……」

 ただレインも本来はまだまだ母親に甘えたい盛りだった。その気持ちを圧し殺しながら子供たちの世話をしていくのはなかなかに辛いものがあった。でもそれは頑張れば大好きなお母さんに誉めてもらえるというその気持ちで乗りきっていた。

「……頑張らないと」

 そう言ったところで背中の子供が目を覚ましたようであり、すぐにぐずりだして泣き出してしまった。その子を一生懸命あやしていたら今度はその泣き声で寝ていた赤子も起きてしまったようでこちらも揃って泣き出してしまったようである。

「……ほらほら、お腹空いたのかな……?ミルク飲みましょうね~。ゴメンね~、びっくりさせちゃったかな?おねえちゃんが一緒だから怖くないよ~」

 普通ならパニックになってしまいそうな状況でもレインは全く動じることなく背中の子にはミルクを飲ませ、寝ていた子のほっぺをつついたり笑顔を見せたりしてあやしていった。そしてすぐにこの事態を終息させたのである。

「うん、いい子いい子」

 そしてレインはそのまま母親が帰ってくるまで見事に子守りをしてみせた。そのレインを母親はとてもよく誉めてくれた。

「……ごめんなさい、レイン。あなたにいつも子守りを頼んじゃって」

「レインはおねえちゃんだから当然だよ!」

「ふふふ……」

 自慢の娘を母親はぎゅっと抱き締めた。その時のレインにはよく分かっていなかったようであるが、母親の体は以前よりも細く弱々しいものとなっていた。しかしその原因はこの多忙な家事によるものではない。

「レイン、お母さんは明日からまた仕事なの。2日くらいかかりそうだからお父さんと一緒に子供たちをお願いね」

「うん、レインにまかせて!」

「ふふ、頼もしいわ。お願いね、レイン……」

 レインの母親はとにかく仕事で多忙だった。決まった休みはなく、仕事に出かければ何日も帰ってこないようなこともよくあった。でもその見返りとして得られる報酬もまた立派なものであった。これだけの子供を抱えていながらもレインの家は比較的裕福とも言えるような生活ができており、これもひとえに母親の努力の賜物であった。

「さ、じゃあそろそろご飯の支度をしましょう。レインも手伝ってくれますね?」

「うん!レイン、頑張るよ!」

「ふふふ……」

 母親はレインの頭をそっと撫でて、それからレインを連れてキッチンへと向かっていった。



「ただいま帰りました……」

「おかーさんおかえりー!」

「おかーさーん!」

 数日後、母親は仕事から帰ってきた。帰ってきてすぐに母親は子供たちに囲まれてしまい少々困ったような顔をしていた。母親も大分疲れていたのだが子供たちはお構い無しであった。

「…………」

 レインは少し離れたところでその様子を見ていた。レインには母親が疲れていることをはっきりと認識していた。しかしその疲れが仕事によるものだけではないことに気付いてはいなかったようである。もう少し早くそのことに気付いていたのなら母親の、そしてレインの人生が狂うようなことはなかったかもしれない。



「……すみません、六華様」

「気にしないで下さい、ネージュ。貴女の力を御しきれていなかったのは事実ですから」

「しかし契約者の望む力を発揮させるのも精霊たる私の役目。それができなかったのですから私にも責任はあります」

「ネージュ……」

 その日の晩、母親の部屋には氷の彫刻のような美しい姿の女性がいた。彼女は霞露のネージュと呼ばれている氷の精霊であり、レインの母親と契約し"六華"という本名で呼んでいた。

「いいんですよ……私もまだまだなのですから……」

 ネージュと話す六華の表情は明らかに憔悴しきっていたものだった。というのもここ最近六華は仕事の失敗が増えてきていたからである。今回の仕事も予定より1日長くかかってしまったのも依頼の失敗が関係していた。今回六華は捕獲しなければならない対象を倒してしまっていた。六華の放った氷の魔法が思いのほか効いてしまったようである。最近はこうした過剰攻撃による失敗が目だっているのが、それも六華に何でも仕事を回されるようになったことで六華にとっては手加減をしなくてはいけない場面が増えてそこに苦戦を強いられているようである。

「……しかし人間とはやはり……」

「……そうですね……人間は傲慢なものですよ」

「六華様……勝手に"氷葬の魔女"だなと持ち上げておきながら今となっては掌を返すように“氷葬の魔女は終わった”などと……」

「…………」

 六華は今となっては高名な法撃士として広く知られるようになっていた。六華が使役している氷の精霊は精霊の中でも使役するのが困難であり、それができる者は法撃士として非常に高い才能を持っていることの表れである。それにより六華は一躍注目の的となり、使役するネージュの強力な氷の魔力とも相まって“葬氷の魔女”と呼ばれ称されてきていたのだった。しかし高名になるに従い六華に寄せられる期待も高くなり、期待に応えられなければ激しい非難や罵倒の言葉を浴びせられるようになっていたのである。それによって六華は相当追い詰められていたのである。

「……私は六華様のような人間に使役して頂いていることを誇りに思っています。どうかこれからも……」

「……ネージュ……」

 ネージュの言葉を六華は俯いたまま聞いていた。その期待にはもうきっと応えられない……この時にはもう六華の心は決まっていた。

「…………」

「……六華様?」

「…………」

 ネージュは六華の様子がおかしいことには気付いていた。しかしそれに気を取られたがために“六華が今何をしていたのか”に気付くのが遅れてしまっていた。

「……人々の期待を背負うものは常にその期待に応え続けなければなりません。それが出来なければ……終わったと言われても仕方ないでしょう」

「……六華様、六華様のお力はまだまだ健在なのです。その意味では……」

「……いいんです……私は……」

 ここに来てようやくネージュは六華が何をしていたのかに気付いた。六華の体からはただならぬ量の魔力が放出されていた。魔力を開放することで法撃の威力は格段に上昇するのだが、魔力を開放しすぎれば死にいたることもある危険な行為である。六華はそれを意図的に行っている風であった。つまり……

「六華様!おやめ下さい!」

「……ネージュ、私の体がもう悲鳴を上げているのは貴女も分かっているでしょう?……私はもう限界です……」

「家族はどうなるのですか!?特に一番上の子は……」

「……レインには本当に申し訳ないと思っていますが……これ以上は本当に体を壊しさらに負担をかけかねません……」

「……死ぬ方がよほど負担になるではないですか!」

「…………」

 そう言われても六華はやめることはなかった。六華の部屋には既に魔力がかなりの高密度で充満していた。

「……ネージュ、貴女に最後のお願いがあります」

「いくら六華様の願いとは言え聞けません!」

「……レインには法撃士としての才能がありますが……レインには私と同じような苦しみを味わってほしくはありません。……レインを支えてあげると同時に……どうか私の後を継いで仕事をするようなことはしないで欲しいと……」

「それは自分の口から伝えて下さい!」

 ネージュは必死に説得を試みていたが六華を思いとどまらせるには至らなかった。本来ならこうして契約者に反論する事すら許されないのだが、ここまでしてでも止めなくてはいけないと思っていた。しかし直接力を行使して止める事はネージュにはできなかった。六華はそれを分かった上でやっていたのであろう。

「……お願いしますよ……ネージュ……」

 そしてついに六華は全ての魔力を開放しきったようだ。六華の体は光に包まれ少しずつ消え去ろうとしていた。

「……六華様……その願い……私には……聞くことができません!!」

 その六華にネージュは己の魔力を注ぎ込んでいった。そんなことをすれば自らの存在を失いかねないということは当然分かっていたが、それでも六華を消滅させたくはなかった。自らの魔力を消滅しかかっていた六華へと捧げたことでネージュの体は弾け飛ぶようにして消えていった。その後を追うようにして六華の体も光となって消えていった。その際には六華の部屋からは強い光が発せられたのだが、その光景を見た者、それに気付いた者は誰もいなかったという……



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……温かい目で見てもらえるとうれしいです。

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